カムシーンが額へ刃を向けるが、邪気に軌道を逸らされ、眉間を斬るに留まった。
グレイヴが迫るのを、二振り目で受け止めたハリードの背後から、黄金色の気を漲らせ、エレンが跳んだ。
これに対し、破壊するものは再び邪気で抵抗をする。間近のふたりを弾き飛ばした。
血を流しながらもすぐに体勢を立て直した。
「エレン!」
互いに、顔を見合わせた。
「俺が囮になる。突っ込め」
敵への警戒を緩めない、剣士としての横顔のままで、ハリードが告げた。
その言葉に耳を疑い、エレンは動揺を露わにする。
「…そんな…、ダメよ…、」
命を投げ出してでも、という思いを抱え込んでいた女戦士。
そんな風に別人に見えていた彼女の、たった今の表情は、いつものエレンだった。
それが嬉しく、ハリードは穏やかに微笑んだ。
「お前、死ぬつもりなんだろう」
微笑みには釣り合わない一言が、エレンを黙らせる。
「地獄まで付き合うぜ」
そばにいると、誓った。
だから。
エレンが笑う。
「あたしも地獄行きなの?」
曲刀と、戦斧を構えて。
いつものように、呼吸を合わせた。
「悪くないだろう」
「あんたとならね」
エレンは静かに、黄金色の気を紡いで、身に纏って。
瞳の合図を、交わした。
トーマスは、ふたりの動きで、気づいていた。
その腕に抱かれたシャールに意識は無い。最低限の呼吸だけを続けるが。
「……、やめろ…、やめろ!!!」
叫んだだけで眩暈に襲われた。分け与えた生命力の量は大きい。
「………」
槍を構え、魔力を込めた。
しかしその魔力は操作し切れない上、あまりに微弱。
飛ばした雷の塊は、中途でアビスのエレメントに呑み込まれ、掻き消えた。
「…やめてくれ…」
呆然として視た、黄金色の輝き。
ふたりの戦士の背中。
ハリードが懐へ。
左腕が変形し始めるのを判りながら、グレイヴと曲刀を打ち合う。
今度は、破壊の力へ、ハリードが不敵な笑みを見せた。
グレイヴに脇腹を斬らせる代わりに、その右腕を、切断する。
紅い血と、黒い血と、グレイヴの生えた腕が落下した。
左腕は、剣に似た形状を作り上げていた。
それを認識しながら動かないハリードの、胸に。
切っ先が向けられて、
貫いた。
その時既にエレンが飛びかかっていた。
戦斧を構えた体そのものを額にぶつける。
破壊するものは右腕をグレイヴもろとも失い、ハリードから剣を抜き去るだけの間が出来ていた。
そして、どうせまた、邪気で防御をされれば押し負けるのだ。
それよりも早いタイミングで、すべての気を、放った。
額の赤い宝玉に、既に筋を走らせていた亀裂。
そこから侵入した、エレンの気。
宝玉が砕けた、
それと同時に。
宝玉に溜め込まれたものだろう、今までにない猛烈な邪気が、至近距離で爆発した。
それは巨大な杭のようで、
エレンの胸を貫通して。
横たわり動かないハリードと、
後方に居たシャールと、トーマスに、
血の雨が降る。
『お姉ちゃん…、お姉ちゃん!!!!!!!!』
破壊するもの、その体が、みるみるうちに、崩壊を始めた。
折り重なるふたりの前に、欠片が散らばる。
『いやあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!』
真白な閃光。
宿命の子の絶叫を最後に、
何もかもが、消し飛んだ。
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