色も、形も、わからない。

意識だけ…、宙に浮かんでいる。

『お姉ちゃん…、お姉ちゃん』

(──サラ…?)

呼ぶ声に応えたつもりが、声は出ていなかった。

『お姉ちゃん、少しだけ、待ってて…』

意識は曖昧で、ただ、声だけを認識している。

『みんな、私たちが助けるわ…』

(…サラ…、)

その意識すら、途切れて。














永い、永い時間を費やした、気がした。


実際どの位が経過したか、それは誰にも知ることはできない。














the last capter: creation and...

途切れた意識が、瞼を開くことで繋がった。

土の匂いと、緑の薫りと、微風。水の音…川のせせらぎだろうか。
小鳥の啼く声が、青空と眩い太陽を伴って、五感を満たす。

それから…、
半身を抱き上げる腕、手を握る感触。
エレンはその主を見上げて、混濁の強い意識の奥から、よく知った顔を探し出す。
それと一致した、あの人の名を呟いた。

「ハリード…」
柔らかな微笑が返ってきて、エレンも表情を緩めた。
「目覚めはどうだ?」
「…あんたの腕の中じゃね」
自分の力で身を起こしてみる。体は軽く、傷も見当たらない。
状況はまだ理解していないが、エレンは肩を抱いてくれるハリードの胸に、頬をつけた。
「よかった、また逢えて…」
芝生に片手をついているハリードの、ちょうど、指の間から小さな花が顔を出している。
山吹色のその花を、ふたりで一緒に包み込むように、エレンが手を重ねた。
「ずいぶんと久々のような気がするんだ」
エレンの前髪を分け、額にキス。
「なにしてるの、もう…」
ふざけているのかと思いきや、ハリードはまったく真剣な面持ちで…、抱いた肩を引き寄せる仕種。
甘い予感がエレンの視界を閉ざさせる。
そんなふたりに足音なく忍び寄る影が背後をとるが、全く気づけないまま…

「えー、お取り込み中すみませんが」
「!」
目を開けたエレンと、振り向いたハリードの視線の先には、トーマスとシャールが。
「我々の目につかない場所でと云ったはずだぞ」
「ご、ごめんなさい…」
「少し待つくらいしてくれんのか」
「私たちはすぐそこまで来ていたんだ。気を抜きすぎなのではないか?ハリード殿」
素直に黙り込んだハリードを笑ってから、全員で互いの顔を見合う。
しかしエレンにはまだ、状況は判らない。
「トムとシャールがいるってことは、ここは地獄じゃないわね」
「残念だったな」
「それじゃ、天国?」
「俺もそう思ったが、足が生えてるからな」
3人はエレンが元気そうだと確認を終え、ようやく説明を始めた。
「ここは東の地のようだ。あちらに行けばムング族の村が見える」
「君が寝てる間に俺とシャールさんで歩き回ったんだ」
「それから、この4人は全員無傷だぜ。あとは、サラとあの坊やが見当たらん」
分かっていることは、これで全部。

エレンはそれを黙って聴いて、しばらく、周りの景色を眺めていた。
沈黙を、小鳥の囀りが埋めた。
「サラの声を聴いたの。みんなは私たちが助ける、って」
エレンだけが経験した出来事らしく、3人は顔を見合わせた。
「それじゃあ、もしかして…」

創造の力が…?

それで、人間界へ戻って来られた…ということかと考えるが。
まだ、姿を見ていない人物がいる。
3人は無意識にエレンから目線を外した。


「こっちだ!」
「おお、無事みたいだぞ!」
数人が4人のもとへ駆け寄ってくる。ムング族の人々、リンの姿も。
「リンさん!」
エレンが立ち上がって出迎える。息を切らしてやって来たリンは満面の笑みだ。
「良かった!皆さんご無事で…、人が倒れていると村の者が知らせてくれて、詳しく聞けば、あの西から来られた方たちだと判ったものですから…」
「あたしたちもよく分かってないけど、ピンピンしてるわ」
「皆さんとご一緒されていた男性の方が、同じ年頃の女性と一緒に、黄京城の地下に倒れていたんです!それをお伝えしたくて…」
「あの子たち、そんなところにいたのね」
興奮気味に捲し立てたリンに比べ、エレンは妙に落ち着き払っている。3人はまた顔を見合わせた。

少年とサラは玄城にて医者の治療を受け、まだ病室に縛りつけられてはいるが、食事や睡眠もとっているそうだ。
2人の無事は偉大なる術士“婆さん”のお墨付きだとか。
「老師、あれから毎日落ち着きがなかったの」
「どんな風に?」
「あいつらは何をしとるんだ〜、遅い、早く戻ってこんか〜、あたしが同伴してやるべきだった〜、って」
「ぷっ」


「おおおっ、お、お、お前たちっ!!!!!」
想像した通りのバイメイニャンの反応。リンに連れられ玄城の門前へやって来たところで、それを目の当たりにした。
「遅いじゃないかまったくっ!!大体どうして今頃にもなって草原でぶっ倒れとるんじゃ、事情を説明せい!!!」
…と云うのも、5人がアビスへ向かってから6日後にサラと少年が発見され、そこから更に5日が経過していたらしいのだ。
「あたしたちがその理由を知りたいのよ」
「よう婆さん、待たせたな」
「婆さんはやめい!!!」
素直に喜びを表現しないバイメイニャンが、後で詳しく話を聴かせるように!と一方的に云い渡して立ち去ってから、部屋へ通される。






「……!」
ベッドに眠るサラの手を握っていた少年が、4人を見た。
4人は無傷であったが、彼は体のあちらこちらに怪我の手当ての跡がある。
「久しぶり、になるのかしら?」
「もう大丈夫なのか?」
「…はい…」
涙を浮かべた。4人が草原で倒れていたのどうのという話はまだ伝わる前だったようだ。
「みなさんも、無事で…、良かった…」
アビスでは果敢に魔貴族へ立ち向かい、破壊の力と創造の力に、肉体も精神も酷使させられた少年。
「泣くな、男だろう」
ハリードに荒っぽく頭をくしゃくしゃにされて、こくこくと頷きながらも、堪えられない涙を何度も手で拭っていた。

エレンはそれを微笑ましく見つめてから、サラに視線を移した。
まだ痩せこけているのが目に毒だが、血色は悪くなく、穏やかな寝息を立てている。
…じっくりと顔を眺めるのは、何年ぶりになるだろう。

雷が嫌いなサラは、雷鳴が地鳴りを立てる夜、エレンのベッドへ入ってくるのが決まりだった。
稲光の度にびくついて、私よりも先に寝ないでね、と何度も念を押して。
口では手が焼けると呆れてみせていたが、可愛い妹が頼りにしてくれる夜を、嫌いではなかった。

そっと手を取る。
変わらない温もりに、闘いを忘れられた。



先程からの騒がしさのせいか、瞼が薄く開かれる。
「サラ…」
ゆっくりと瞬きをして。
最初に見たのは、エレンの顔。
「起こしちゃった?」
アビス側のゲートで回復をしていた少年と違い、衰弱する一方であったはずのサラ。
完全に覚醒するまでに時間がかかり、その間、エレンだけを見つめていた。
やがて体を起こそうとするので腕を背中に回すが、サラはその助けを待たず、エレンの胸にしがみついた。
大粒の涙が零れて、エレンの衣服を濡らした。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん…」
草原で目を覚まして以来、明るい顔でいたエレンが、初めて表情を変えた。

華奢な体をそっと撫でてやる。サラはしゃくり上げて泣き出した。
「…怖かったよ、お姉ちゃん、逢いたかったよ…」
「…バカ、泣くんじゃないの、子供じゃないんだから」
昔のように叱ったつもりが、涙声で。
自分でも中身の解らない、ごちゃごちゃした感情が、一気に溢れてしまう。
一緒になって泣いた。
強く強く抱き締めて、存在を確かめた。
「お姉ちゃん…、死んじゃったかと、思ったの、」
「あんたのおかげで無事よ、…だから、めそめそしないの、もう…」

それからいつまでも泣いている、昔のまま、弱虫なサラを、エレンは愛おしそうに抱えていた。






そんな感動の再会の脇で、もらい泣きをしている者が1人。
ハリードが目敏く見つける。
「おいトーマス、泣くな、男だろう」
「………」
「あっはっはっは」
同じシノンの村に生まれ育ち、それこそ赤ん坊の頃から姉妹を知っているのだから、仕方のないことだ。
しかしシャールにまで笑い飛ばされると情けない気分。
…一応、ほろりと涙ぐんでいる程度、ではあったのだが。
「よし、俺かシャールか、どちらの胸で泣くか選べ」
「贅沢すぎて選べないよ…」
「と…トーマス」
シャールが珍しく腹を抱えて笑っているので、トーマスは涙を引っ込めた。


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