破壊するものは、破壊を妨げる者たちを、排除しようとする。
額の赤い宝玉がアビスの力を吸収し続け、その装甲はより強固に、更には殺傷性の高い武器にも変形をしてみせた。
右手の甲から生えているのは巨大なグレイヴ。
手っ取り早く首でも刈ろうということなのだろうか。

ただ、一進一退の攻防に総て注いだ。
誰もが生きて帰るのだと、サラを迎えて、全員で、戻るのだと、
そう願って、ここへ来たのだから。




その中でエレンはひとり、願いを切り棄てる選択肢を持ち出していた。

この破壊の力を破ってしまえば、創造の力が産まれ、死の定めを変えられるはずだ。
ところが、サラと少年との力が、破壊の力を護っている。
死の定めに抗おうとすることは不自然さを生む。

最後の機は、2人から破壊の力が抜け出ようという、その瞬間。
そこへ自分の身を投じる。すべてをぶつける。


ハリードはそれに勘づいている。
先程からの立ち回りが彼女にしては無謀であることと、
あの涙の後の、別人に見えた彼女が、まだ居座っていることと。

エレンは今、自身に与えられた役割に、ひたすら駆られている。














2人の宿命の子は、互いが持つ力を一つに合わせようとしている。
それぞれが破壊の力と創造の力への負担を強いられるようでは、エレンの言葉を実現できないからだ。
しかし…
『…う…っ!』
突然、少年の腕に裂傷が走った。
綺麗な球状を保っていた白銀色の光が蠢いている。
『……っ!!』
裂傷はサラの体にも。
死の定めは進行しているということなのだろうか。
『お願い…』


いよいよ破壊の力が意志を持ち、2人の宿命の子の手を離れようとしている。
金色の翼が、再びその背に現れる。
破壊の力の蔓延を象徴するかの如く、装甲は美しい装飾までをも形作り始めた。


アビスのエレメントが発生、4人を包囲する。呼吸をするだけで、着実に体力を奪ってゆく。
破壊するものは、感情も痛覚もなく、微笑を湛え、黒い血を流している。
両腕を広げると、4人の周囲に黒い矢が現れる。数千。
シャールが術で造る盾はアビスのエレメントに妨害されるため、強度が低い。
「シャールさん!!」
「構えておけ…っ」
朱鳥術の赤い光が、黒い矢に貫かれて瞬く。
数千の内のほとんどは防げたようで、武器で黒い矢を幾らか弾くだけで済んだ。
しかし、対抗し終えたシャールが膝をつく。

またあの、死の風を浴びればどうなるか…
ハリードが駆け出すのにトーマスが続き、波状攻撃は上手く当てた。
その衝撃によって身を傾けた隙へ、エレンが向かう。
狙いは額の宝玉。
黄金色の気を纏い、戦斧のブレイドと共に迫る。
破壊するもののグレイブがエレンの胴体を真二つにしようと払われるが、ハリードがこれを弾くため身構えていた。

エレンが宝玉を捉え、溜めた気を解放した。
アラケスを破ったそれとは、比較にならない輝き。
装甲の装飾部が完成を見せる前に欠落して、宝玉には亀裂が走る。




が、破壊するものは、笑みを作った。
感情を持たないはずだが、それは、エレンへ向けられた嘲笑に思えた。
3人が加勢のために接近したが、それを突き放す突風が、二度目に起きた。

死の風。

内臓が、血が、躯の奥で、沸き立つ。
アビスのエレメントが、ただでさえ4人を追い詰めていたところへ。




それぞれの武器と鎧が地に叩きつけられる無機質な音がして、
「……、」
シャールだけが、辛うじて意識を保っていた。
横たわったままで、決して研ぎ澄まされてはいない意識レベルのままで、回復術呪文を口にする。

誰一人欠いてはならぬと、トーマスへ掛けた言葉。
これを破ることは信条に背くし、何より仲間への裏切りであると、分かっていたが。

眩い光が降り注いだ。
一時的にだが、月のエレメント量がアビスのそれを上回る。
全員の体に注いだ光は、皮膚とその内部に融け入って、損傷部分を元の状態へと近づけた。
シャール自身もその効力を受けたのだが…、
代わりに、魔力と精神力を失ったことで、意識を手放した。




身を起こした3人がその経緯を把握するには一目で充分であった。
1人だけ身動きをせず、横たわるシャール。

「シャールさん!!」
トーマスが抱き起こしても、意識を戻さない。顔色は青ざめて、脱力し切って。呼吸が弱い。
自分がそうしてもらったように、胸に手を翳した。
別の人間を再起させられるだけの生命力を放つ余裕はない。
それならばと“気”を空間より集めることを試みるが。
「──く…っ!」
全身の血管を異物が駆け巡るかのような感覚。
現在この地点には、人間界の動物の生命を活かせる種類の“気”が存在しないらしい。
「来るぞ!!」
「!!」

三たび、死の風が吹き荒れた。
すると、空気中に残存していた月のエレメントが、風を弱めた。
二度味わったものと比較すれば、まだ耐えうる苦痛。ハリードとエレンは手をつき立ち上がる。


トーマスは防御術を施していたが、完全に防ぎ切るには至らなかった。
「……、う…っ、」
防御術で張った膜は薄かったのだ。
…皮肉なことに、死の風と同様、通常にはない量の月のエレメントに阻害されたからだ。
「…シャールさん…、どうか…」
あの時与えてもらった生命力を戻したいという思いを、掌に籠めていても。
握りしめた手首の、脈が弱ってゆく。
とうとう、誰かの生命の灯が、吹き消えてしまうのか、


エレンは自分が何を想うかも判らないままで、黄金色の気を立ち上らせ始める。
先に破壊するものへ向かって行ったハリードの背中を、追うようにして駆け出した。






宿命の子が2人、血を流して。
ただ、祈り続けた。
破壊の力が肉体から抜けて行こうとするのを、繋ぎ留めようと。
離れてしまえば、その絶対的な力の抑制が解かれ、世界を無に還してしまう。
創造の力は、それをせき止めるだけの完成度を、まだ持たない。


空間が、世界が歪む。


破壊と創造が共存しようとするからだ。


“死の定め”が用意されたのは、
世界が自らの破滅を望むからなのか。
逆らおうとする人間はやはり、愚かだと云うのだろうか。


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