破壊するもの。

4人の戦士を前に、その顔が笑みを作る。
感情の籠もらないそれは、云い知れぬ恐怖を抱かせた。
「魔貴族を片づけておいて正解だわ、アビス中の力を集めてる」
装甲が音を立てて進化してゆく。額の赤い宝玉がその源らしく、黒い煙を吸い込みながら、禍々しく煌めいていた。
サラと少年が、その力を抑制しているうちに…。

ハリードが飛び出した。直後エレンも続く。
曲刀を受け止めた腕の直下に戦斧のブレイドが現れ、脇腹を水平に薙ぎ払った。
流れたのは、黒い血。
もう片方の腕の装甲から伸びた鈎爪を、エレンが二振り目に弾く。今度はハリードが胸の上を切り裂いた。
こちらの攻撃には無反応で、恐らく負傷することによって衰弱をすることはないのだろう。
飽くまでもヒトの姿形を真似ているだけだ。
破壊するものの指先が地面を指して命ずると、地を這う衝撃波が2人を襲った。
何らかの攻撃を見越していたトーマスが同時に放つ水の盾で、衝撃波を砕く。
折り重なるようにシャールが空気の刃を飛ばした。装甲を幾らか掠め、削り取る。

消滅させるには、狙うべきは額の宝玉。

エレンが瞬間的に気を溜め、跳び上がって戦斧を振りかぶった。
暴発気味ではあったが、斧へ伝達させた気を宝玉へぶつける。
その間、トーマスとシャールは合成術を放つ構えを。
「──う…っ!」
気を半分弾き返され、エレン自らそれを浴びてしまった。
「エレン!」
「ダメね。無鉄砲だったわ」
不完全であったことが幸いした。いくつかの軽い裂傷で済み、すぐに体勢を立て直す。
その後ろで2人が呪文詠唱を終えると、黒炎が龍の形に吹き荒れた。
破壊するものを目掛け、低空を翔る。咆哮が所在を包む。
肩から、その右腕ごとがもげて、落ちた。






『サラ…、』
『ごめんなさい、大丈夫よ…』
2人の宿命の子の、呼吸は浅い。まるで高熱に浮かされているような、意識が遠のきそうな感覚。
『まずは、気持ちを落ち着けるんだ』
『うん…』
2人の躯の奥で暴れる、破壊の力。
気を抜けば、肉体の内から、ばらばらに引き裂かれそうな。

白銀色の光が尽きればすべてが終焉を迎える。
握り合った手が、祈りに震えた。

サラは耳鳴りの中に、エレンの声だけを浮かべていた。






炎のヴェールを強固な全身鎧に変えたシャールが、その額の宝玉に槍を突き出すが、表面を滑ってしまう穂先。
代わりにその額を深々と貫くも、やはりこの中に脳が詰まっているのではないらしく、黒い血を流しただけに終わる。
残された左腕が鈎爪を振るうが、ヴェールが彼の体とを遮った。
4人は、あちらの攻撃の手数を減らす意味で四肢を奪うこと、を頭の片隅に入れている。
しかしその左腕が黒天に向け翳されると、4人は落雷に見舞われた。
衝撃の覚めぬまま鳴り響いたのは、超音波。
「───!!!」
神経を侵食する。精神を掻き乱す。
思考回路を断たれた4人の、動作が一斉に止む。
戦斧が床に叩き付けられる音。エレンが膝から崩れ落ち、頭を抱え込んだ。

破壊を欲する存在なのだから、その手を緩める理由はない。突如として現れた黒い霧が四人の周囲で牙を剥き、全身を切り刻む。
トーマスがすぐさま玄武術を遣った。黒い霧に代わって宙を舞う光点が、傷を癒してゆく。
「ハリード!」
飛び出したハリードは、シャールの術に炎の鎧を与えられ、朱い瞬きを纏った。

その時。
サラが眩暈に抗えず、少年の胸に倒れ込んだ。
破壊するものを、強烈な邪気が覆った。


『…だめ…!!』


接近したハリードを取り込む。
「な……」
シャールが与えた朱鳥術の魔力は打ち消された。
肉体を、内部から、表皮まで、邪気が突き刺す。

吹き飛ばされたハリードに3人が駆け寄り、回復術を施す役割と盾となる役割とに分かれた。
「こいつ…っ」
血が滲むほど強く唇を噛み締めるエレン。
冷静さを失った状態で攻撃に出ようとするのを、トーマスが、腕を引いて強引に止めさせる。
「先ほどまでとは違う力を纏っている」
「魔力を消し去るなんて…」
圧倒的な邪気の方向へ、視線を奪われる。
装甲がまたも変貌を遂げ始め、肩からもげたはずの右腕までもが、再生した。
産みの親である宿命の子が力の抑制を解いたために、新たに得た力だ。

その背に拡げられたのは、金色の翼。

アビスの空が初めて黒い色を散らした。何色もが入り交じり不気味に澱む。
世界に、何かが起きようとしている。

トーマスが雷のエネルギーを弾にして飛ばす。続けてエレンが気を溜めて斬りかかる。
赤い宝玉は、単に物理攻撃への耐久性があるわけではなく、何かの力に護られているとしか思えない。
「う……」
「まずいな、妨害されているぞ…」
意識のはっきりしないハリード。シャールが遣おうとする回復術が、効力を半分ほどにも発揮していない。
「エレメントが異常だ…」
術法を遣うとその術系統のエレメントが発生し、空気中に漂う。同系統の術法に連鎖反応し、効果を増幅させることも。
そこで別系統の術法を遣ったとしてもエレメント同士が消し合うだけで、そもそも人体に影響を与えるものではないはずだ。
「…これは、アビスの…?」
それが今、4人の肉体を蝕んでいる。呼吸をすれば気管と肺を灼く錯覚、もしかすると、実際にそうなっているのだろうか。


ハリードの手はどうにか、カムシーンの柄を握り締めた。
そして4人で破壊するものを囲み、一斉に武器を差し出した。
それぞれがその体を捉えたが、ハリードの狙った額の赤い宝玉にはやはり、損傷を与えられない。
朱鳥術と玄武術が各々に、炎の矢と氷の矢を叩き込む。
武器とそれが貫通し、黒い血を流しながらも、破壊の力は反撃に出た。

突風が起きた。
アビスのエレメント濃度を極限まで上げて吹きつけた、死の風。

人体を組成する内の大半を占める水分が、煮えたぎる感覚を味わう。
それは余りに壮絶だった。
声も出ぬまま、黒曜石の地面に臥して。
全員が気を失い、動かなくなった。






今、サラの光の力と少年の闇の力は融合しかかっている。
とはいえ元から内に秘めたものの方向性は影響を残すらしく、闇の側の破壊する力に対抗するにあたり、負担の大きいのはサラである。
『ぅ…げほっ、』
『サラ!』
咳き込んで血を吐くと、少年の胸でぐったりとして、脱力した。
力を籠めることをしなくなっているサラの細い指に、指を絡めて離さない。
サラと、4人も。倒れて動かない。
『僕が…僕がやるんだ…』
少年が激しい動悸に胸を押さえる。

強く強く、念じる。
生まれた意味、闘う理由、
ようやく知った、人の温もり。

創造する力を産むにはサラと逆で、少年の身体が負担を強いられる。
胸に何か突き刺されたかと思うほどの激痛。鼓動の度にそれを繰り返す。

『…う、あ、ああああああぁぁぁぁぁっっ』






辺りを閃光が包む。
破壊するものが、目の前の人間たちを手にかけようとする動きを止めた。
金色の翼が砂になり、流れて消える。
そして4人の体の傷がたちまち癒えて、初めに目を醒ましたシャールが、トーマスを狙う鈎爪を炎の防御壁で弾いた。
「みんな!」

シャールの声で起き上がった全員が見たのは、白銀に輝ける翼。
破壊と創造の犇めき合いが具現化したかのような光景だった。

「エレン」
ハリードに名前だけ呼ばれて、エレンは戦斧の柄を強く掴んだ。
最愛の妹を護りたい、という、子供の頃から抱いてきた気持ちは棄てて、
使命を果たすための闘いに、舞い戻る。






少年がうずくまる。叫び声で気がついたサラはその体を抱えて、涙を堪えた。
『う…ぐ、』
歯を食い縛る、その首筋には、自らで爪を立てた赤い跡。
血が滲む。
『……、お願い…、もう、こんな…』
祈りは続行されなくてはならないが。
サラの眼に映るのはアビスの暗闇と、苦痛に呻く少年、闘っている姉のエレンと、仲間…
『やっぱり、私が死ねばよかったんだわ』
こんなにも、傷つくのなら。
『サラ…!』
指を絡ませていて、辛うじて結びついていた手を握り直す。
少年は揺れ始めたサラを、呼び戻した。
『君を独りにはさせない、昔の僕みたいに!』

関わる者は皆、死を遂げる。対して自分は、どんな命の危機も寄せつけず、生かされてきた。
絶えず孤独ばかりを引きずった。
死んでしまいたいと願うのにも関わらず。

『…みんなと、一緒に…、戻るんだ…』
少年は生まれて初めて“生命”に執着をしている。
闘う4人の生命と。
同じ宿命を抱いたサラの生命と。
自分自身の。


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