the fifth capter: destruction

ゲートは相変わらず、生のエネルギーを噴出し続けている。
この地へ来て何時間、何日を費やしたのだろう?

空間転移の魔法陣は、5つあった。
無作為に選んだはずが、4人の魔貴族へ順に戦いを挑む結果となった。そうなるように導かれていたのかも知れない。
目的はサラの行方を追うことであるが、彼らのもとに、サラはいなかった。

シャールだけがビューネイから聴かされていた、サラの意思。
彼女の想いを汲むことはできない。その意思を、果たさせるわけにはいかない。
そして、極端な云い方をすれば自分たちには無関係な情報だからと、シャールは誰にも打ち明けずにいた。

そのサラの姉、エレン。
強がって明るく振舞うわけでも、逆に気を落とすわけでもなく、平静を保っていると云える。

ハリードにはそれが引っかかっていた。
自分には見えない、彼女の深いところにある、何か。
どこへも行くなと、引き留めたくて。

場違いな独占欲に、苛立った。


口数少なに、それぞれの想いを抱え込んで。






アビスの空は、黒色をしたまま。
5人を見下ろしている。






最後に1箇所残された、空間転移の魔法陣。導かれた広間の奥には、光のカーテンが揺らめく通路。
誰一人として口を開かず、鎧や武器が規則的に鳴らす音だけが響く。
その通路の中途、少年が立ち止まった。
「…サラがいる!!」
走り出した彼について、黒曜石の床を打ち鳴らし、駆け抜けた。



開けた視界に、ぼんやりと浮遊する橙色の光。
母胎に浮かぶ胎児のように、膝を抱え、瞳を閉じて。
ここへ来てから、何も口に入れていないはずだ。頬がこけ、別人のようだった。
「サラ!!」
その名を呼んだのは少年だ。
エレンはその場に立ったまま少年の背中を見送っていた。
サラが、瞼を開く。

『どうして、来たの…』

5人を、拒む。
サラが自らこのアビスの地へと姿を消した。そんな事実を突き付けられる。
「サラ、君を助けにきたんだ!一緒に戻ろう!」
少年だけは、話をしようと食い下がった。

『私がここで静かに死を迎えれば、次の死食まで、300年…、平和が続いたのに…』

その姿形では、口にするにはあまりに重い台詞だった。
「…なぜ、君だけが独りで背負わなくちゃならないんだ!僕だって…」
少年の震える肩に、紫色の光が立ち上り始めた。
サラを包む橙色の光と、共鳴する。
『あなたはまだ知らないのね。宿命の子が2人もいてはいけないのよ』
2つの光が互いを結び合おうと、触手を伸ばす。
『光と闇…、共存できない力が合わされば、アビスも、世界も…、すべてを破壊してしまうわ』

このサラの言葉の中身を、実現しようとする、2つの光──
少年の体がふわりと浮き上がった。
サラのもとへと、吸い寄せられる。

無表情のままのサラの頬に、涙が伝った。
『始まったわ… もう、止められない…』
橙色と紫色とが融合し、
白銀の光の塊を形成する。

『死の定めは変えられないのね…』




語られる言葉と光景を眼に映すだけで、あとの4人はただ立ち尽くしていた。
するとエレンが、奇妙に落ち着いた足取りで、白銀の光の真下へ。

「サラ!」

白銀色に照らされる、ひとりの女戦士。
「あんたも知らないことがまだあるようね」
毅然として云い放つ、その横顔に哀しみや戸惑いの取りつく隙はない。2人の宿命の子に向かう瞳は真直ぐだ。

「宿命は崩れ始めているわ。聖王の時代以降のことよ。だからあんたたち2人も生き延びたのよ」
誰も見知らぬ物事を、彼女はその口で語る。
「誰が宿命を作ったのかは分からないけど、人間界の生き物も、モンスターも、魔王も、聖王も、ただ受け容れるしかなかった。
 1人だけ生き延びていたからこそ、今まではそれで済んでいたの」
女戦士は、少女と少年に笑ってみせた。
「このまま不完全な定めに従うなら、サラが云う通り、死を択ぶしかないんでしょうね。
 でもね、そろそろ、かたをつける時よ。死の定めなんていうものに」


“覚醒”を迎えたのは少し前のことだった。
「妹のあんたの面倒は、あたしがみろってことらしいわ、サラ」
初めて、気弱で引っ込み思案な…、サラという人物本来の、感情の色が差した。
『…お姉ちゃん…』
少年がサラの手を取ると、光が強まる。
「すべてを破壊する力は闇の側のものよ。それの対極には光の側の、創造する力があるの。
 破滅を待つしかないなんてデタラメよ。どちらにも転ぶわ」
眩さを増す、白銀の輝き。
そこから白銀色の雫が落ちて、蠢き、形と色を変える。

邪気が渦巻き、破滅に狂喜し唸りを上げた。
それは、女性の姿へと。

『でも、お姉ちゃん、力がコントロールできないの… 破壊の力がかたちをとるわ…』

鎧…とは表現しかねる形状の装甲を身に纏う。
ヒトと同じ体の造りに見えるが、感情は持たなさそうだ。
破壊を、実行するだけの存在。

『──破壊するものの姿を…』




戦斧を手にエレンが構えた。
「破壊する力を封じ込めて、創造する力を産み出せばいいのよ、2人で力を合わせてね」
『エレンさん!みんな…』
「あたしがこいつの相手をする間にね。もう話をしてる時間はないわ!」
実体化を終えようとしている、破壊の力。
エレンがようやく、背後の3人の男たちを振り返った。
順に眺めた顔はそれぞれ、目の前に起きる出来事を、理解し受け入れる手段を持てずにいる。

宿命の子を導く役割を背負った彼女がふと、凛々しさを解く。
「あたしもまだ、実感ができないの…」
少し寂しげに微笑った。
「力を貸して」

破壊が、始まろうとしている。

「世界の混乱と不幸は、断たなくてはならない」
表情に力強さを取り戻したシャール。
そして、エレンとサラを小さな頃から見守ってきたトーマス。
「やっぱり、君がサラを引っ張っていく構図は変わらないな」
迎撃体制を整えながら笑った。エレンもつられて笑顔を浮かべる。
「自然とそうなっちゃうみたいね」


何よりも掌に馴染む曲刀カムシーンの感触が、エレンと共に闘ってきた記憶を呼んだ。
そばに居られるのなら、どんな景色だって構いはしない。そう決めていた。
「お前の頼みなら仕方ないな、エレン」
カムシーンを鞘から抜く音。
毎日のように聴いたこの音が少し切なくて、エレンは唇を結んだ。
「ハリード…」
ハリードは、エレンが縋るような瞳をするのを、視線だけで静かに諭した。


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