「ハリード、一緒に来て欲しかったのになあ」
これからロアーヌ軍へ加わる“トルネード”。
農民たちは自前よりも立派な武具を貸し与えられてはいるが、ハリードを欠いては心許ないのが本音だ。
「お前たちならやれるさ」
「へへ、ありがと。まっ、こっちにはエレンもいるし」
「よく分かってるじゃない」
武装して腕組みに仁王立ちと、小規模な5人パーティの女武将は堂々たるものだ。
「あんたたち全員、後ろで戦況を眺めてなさい。なんだったら寝ててもいいわよ」
「はーい」
「返事に気合が足りないわ」
「はいっ!」
エレンとユリアンの掛け合いに和やかさを持ち出していると、ミカエルとモニカがやって来た。
一気に背筋を伸ばす4人に、ハリードは遠慮なく吹き出した。
「準備は済んだな。ではお前たち、モニカを頼むぞ」
「謹んでお受けいたします」
厳格な祖父の躾を受けてきたトーマスが、綺麗に一礼をして見せた。
それに倣い、ぺこりとお辞儀をしてみるあとの3人。不安を覚えてしまったハリードだが、それを口にはしないことにした。
「御武運をお祈りいたします。お兄様」
「ああ。ロアーヌで逢おう」
モニカもフルーレと防具を装備している。いざとなれば自衛もできるようにということか。
これから行くのは見知らぬ土地の、見知らぬ森。
あの時、シノンの森はよく知っているから護衛は適任だなどと、随分と大きなことを云ったものだと、エレンは思った。
「頑張れよ、エレン」
あれこれとアドバイスを送ったからには…ということだろうか、ハリードはわざわざエレンにだけ声をかける。
心細さをどうにか押し込めて、エレンは笑ってみせた。
「ハリード、あんたもね」


シノンの農民たちとモニカは、再びモンスターの蔓延る森へ。
宿営地までにそうしていたようにモニカの両脇を固めるのは男性陣だが、先頭に立つのはハリードに代わってエレンだ。
黙々と武器を振るう姿には迫力すらあって、あとの4人の気勢も保たせた。
ポドールイが近くなると、一気に気温が下降。お陰でモンスターの数ががたっと減った。
「シノンで作られたお野菜やパンが、王宮の食事に出されることもありますの」
「え〜っ!!そうなんですか!!」
「おいしくいただいていますわ」
「頑張っていいものを作らなくちゃなぁ」
モニカは同世代の農民たちと打ち解けたようで、特に誰とでも親しくしてしまう性格のユリアンとは楽しそうに話をしている。
そこには加わろうとしないエレンを気にして、トーマスが声をかけた。
「エレン、俺が前に立とう。みんなと話でもしていてくれ」
「ううん。いいわ。今、休憩ができそうなところを探してるんだけど…」
どうやらハリードからの受け売りだ。
宿営地のテントの外でふたりが話をしていたことには気づいていたトーマスだが。
「ハリードがいてくれればな」
「あたしで充分でしょ!」
トーマスは笑って引き下がり、休憩場所を定めると、宿営地で分けていただいたレーションを全員で口にした。


ポドールイに到着、その北のレオニード城を訪ねると、伯爵は今回の顛末を既に耳に入れており、5人に部屋を用意して下さった。
しかし吸血鬼の城というのは、北方の寒さでは説明のつかない悪寒を覚える、たいそう不気味な施設であった。
特にモニカとサラが怯えきっていたため、一眠りした後に城を抜けることを画策。
退屈だと申し出てみたところ、居心地悪く感じるのを察していたか、ポドールイ北西の洞窟を紹介された。
モンスターの棲む洞窟だそうだがモニカすら乗り気で、女武将エレンを筆頭に、洞窟探検を満喫した。

ポドールイの洞窟から戻り、街で時間を潰したあと、レオニード城へ。
「これは皆様、丁度良いところにお戻りに。たった今、ミカエル様が王宮を取り戻されたそうですよ」
「そ、そうですか!」
「これで帰れるわね…」
5人には城の不気味さばかりが勝っており、ミカエルの勝利への喜びよりも、城をあとにできる安堵に襲われるのであった。






ポドールイへやってきた迎えの馬車に乗せていただき、ロアーヌへ。
あれからロアーヌ軍は、ゴドウィンが送り込んできたゴブリン軍を破り、続けて本陣・ゴドウィン軍にも勝利。
ロアーヌの街は一時モンスターに占拠されていたというが、5人が戻ったときにはそのような形跡は殆どなかった。

到着が日没を過ぎたおかげ(?)で、王宮内のゲストルームで一晩を過ごした農民たち。
翌日、再びの謁見のため、玉座の間へ。
質素な衣裳でいたモニカが豪奢なドレスを身にまとっているのを、シノンの若者たちは息を呑んで見つめた。
ミカエル候より直々に感謝の言葉を賜り、従者からは今回の褒賞を手渡される。
「モニカ様、違う人みたいだ」
「うふふ」
「元の暮らしに戻れるんですね。よかった」
「はい…」
モニカは1人1人の前へ歩み寄って言葉をかけてくれるが、ユリアンとは交わす言葉が多い。
ずっとそんな調子だった。
彼からのデートの誘いは、気が向けば受け入れたりもしたけれど、いつも、恋人にはなれないということを告げてきた。
それなのにユリアンとモニカの間で交わされる笑顔が面白くなく、エレンは憮然としている。
モニカから声をかけられ、楽しかったと告げたが、その笑顔をいつまでも保っておくことはできなかった。



ユリアンだけがもう一度玉座の間へ呼ばれるのだと通達があり、シノンの4人は来賓室でハリードを見送ることに。
「ハリード、これからどうするんだ?」
「もう少しロアーヌに居座る。おっさんは疲れた」
「なぁ、俺たちも遊んで帰ろうぜ」
「大仕事の後の休暇か。たまにはいいかな。サラ、ロアーヌの図書館に行きたいって云ってたろ。一緒に行こうか」
「うん!」
「それじゃ、ハリード、またいつか!」
すぐにユリアンが呼ばれ、来賓室を出て行った。
久々にサラの弾むような声を聞いたと思ったら、ロアーヌの図書館についての話をしている。
トーマスを慕っている妹は近頃、厳しく接する自分よりも、優しくしてくれる彼と居る方が楽しそうだ。

エレンはひとり取り残され、うつむいた。
今回の大仕事をやり遂げてみて、はじめのうちは高揚した気分でいたが、エレンの中で、悪い方へ変化していく部分がある。
ユリアンのことも、サラのことも。
腹立たしさと表現できてしまうこの感情は、どこへ向けられているのだろう。


ふらりと、男のもとへ向かった。
「ハリード。お別れでしょ?あいさつくらいはさせて」
何だかんだ、世話になった人物だ。せめて何事もなかったように振る舞っておかなくては、と考えたのだった。
「まあ、待てよ。夜はパブで飲んでるから、顔を見せにこい」
「え?」
「全員には奢りきれんから、お前ひとりでな」
この男に、武人として、尊敬のようなものを抱いていた。
まだ話を聞いてみたいという気持ちがないといえば、嘘になる。
それが叶うような機会を、唐突に突き付けられたこと。
ただでさえ孤独を感じていたところに、だ。
顔がカッと熱くなる感覚がして、エレンは返答もせずに顔をそむけた。


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