the third chapter: realize
女性の姿を見つけ、エレンが駆け寄った。
随分と変わった恰好をしている。西とは繋がりがないはずだから、独自の文化を形成して当然か。
「あの、すみません!ここは…、ここは何という地ですか?」
その女性はエレンを見て、一拍の間を作った。
頭から爪先までを一通り眺める。
「…ムング族、遊牧民の村よ。変わった恰好ね?」
「この村を取りまとめている人はいるかしら?」
「ええ。あれが族長のテントよ」
「ありがとう!」
変わった恰好、という立場なのは5人の方だった。村人たちの注目を浴びながら教わったテントを目指す。
そのテントの外で作業をしていた若い女性が、どよめきでこちらに気づいた。
他の村人とは違い、色鮮やかな衣裳を身に纏う。
「突然ごめんなさい。族長さんとお話をさせてもらえないかしら」
「あなたがたは…?」
「えーと…あたしたち、西から来たの」
「西から!?」
「この武器を持って暴れるつもりではないので安心してくれ。とにかく話をさせていただきたいのだ」
変わった恰好をして、更には全身を砂や血で汚しているが、それがある種の説得力を持たせてくれていたのだろうか。
女性は手に持っていた道具をその場へ置き、5人を先導した。
「どうぞ、中へ…」
戦うことを職業としているか、そうでなくても訓練を受けている5人だから、一応、内部を見回しておく。
ごく一般的な“遊牧民のテント”の模様である。
「老師、お客人です」
老師と呼ばれ、書物を漁っていた小柄な老女が5人を振り返った。
「んっ!?…なんだいなんだい、変ちくりんな恰好だね…」
年齢は一体いくつを数えるのか、しかし立ち上がるとちょこまかと動き回り、5人の姿形を舐めるように観察した。
足腰は丈夫なようだが、失礼ながら、異様である。
「うひっ!」
鎧の隙間から差し入れられた老女の手が、エレンの胸を突つく。
「なんだ、女か」
「………!!」
鎧と戦斧、頭に巻いていた汗止めの布。それだけで女に見えないとでも?と怒鳴り散らしたかったエレンだが、空気を読んでぐっと堪えた。
よく我慢したな、という労いの意味でハリードがぽんぽんとエレンの頭を叩き、ついでに布を外してやった。
「西から来られたのだと申されています」
「何!?リンリン、容易く信用し過ぎだよ。すんなりここへ通して」
「お客人の皆様の前でリンリンはやめてください!もう子供じゃありません…
それから、皆様の出で立ちを見れば、この近辺のご出身ではないと判るではありませんか」
「そんなもの、変装すりゃあ済むじゃないか。大体、よその人間こそ疑わねばならんわ」
老女の云うことはもっともで、5人が無言のミーティングをする。自然とトーマスに視線が集まった。
「まず、武器は下ろしな。さて、どうするかね…」
それぞれの武器と、鎧もすべて取った。そこでトーマスが先頭へ歩み出て、ひざまずく。
「このような薄汚れた恰好で失礼します。我々もこの地へ辿り着いてみたものの、何も分からない状態なんです」
「あの砂漠を越えて来たとでも云うのか?善人を装って何か企んでおると判れば、お前らの命は保障せんぞ」
「立場は理解しています。どうか、お時間を…」
「ふん。良かろう」
実業家として社交性の高い『トーマス社長』。幼馴染のエレンは頼もしい限りだと思った。
そして、この東の地へ到達するに至った経緯を洗いざらい語った。
死食、四魔貴族との闘い、…アビスへと消えた1人の少女。
老女は皺だらけの顔に更に皺を作り、難しそうな表情で聞き入る。
「ふむ…」
「──それで、西の天文学者から5つ目のゲートが東にあると聞かされまして、この東の地へ…」
「ん〜、すべて伝説の通りじゃな… 潜水艇バンガード、魔王の城… アビス…」
「人里を見つけ、何か手掛かりはないものかと、こちらを訪ねさせていただきました」
トーマスの穏やかな口調と、理路整然とした解説が功を奏し、5人は信用を得られそうだ。
「婆さん、何か知らない?」
「婆さんじゃと!?西の女は礼儀もなっとらんのかっ!!」
エレンの逸る気持ちは重々理解する。ハリードが割って入る。
「まあまあ、勘弁してやってくれよ。ところで婆さん、ゲートは」
「お前もかっ!!」
「ろ、老師…」
信用を得て更に打ち解けたところで、本題へ。
「…ふう、あの砂漠を越えてきた割には元気そうでよろしい。で、そのアビスゲートの件だが、心当たりがなくはない」
「本当!?」
「ただ、今まさに調査を進めておる最中じゃ。ちょうどいい、その間にあたしに協力してもらおうか」
そう云うと5人を順に見定め、トーマスを指差した。
「あんたはここに残りな。ついでに西の術のことを調べさせてもらう。リンリン、あとの4人と南へ行ってこい」
年の功によるものか、老女が場を仕切ってしまう。無闇に反発するわけにも行かず従う5人である。
リンリンと呼ばれていたのはムング族長の娘、ツィー・リン。
老女はバイメイニャンといい、東の地では一番の術士なのだそう。
草原の南に、昆虫の姿をしたネフト族がいる。戦闘能力を持たず、少し前にやって来た“ゼルナム族”に住処を占拠されてしまっているという。
そのゼルナム族を片付け、ネフト族と話をしてくる、というのがバイメイニャンからの指令であった。
バイメイニャンが付け足した通り、ゼルナム族は人間に限りなく近しい外見ではあるが、知能は動物並みの、モンスターである。
1匹残らず破ると、洞窟の奥に身を隠していたネフト族を見つけた。まさしく昆虫がそのまま巨大化したような姿だ。
「彼らとは言葉が通じないんです。老師が作ったこの兜で翻訳ができるんです」
一般的な鉄兜に加工を施しただけのようで、4人は半信半疑だったものだが、リンはネフト族の長と会話を交わしている。
翻訳された言葉は兜を着けた者にしか聴こえないため、リンの口から内容を聞いた。
「ゼルナム族は北の洞窟から姿を現したそうです。そこはずっと昔から、何もない只の洞窟として口を開けています。
ネフト族は戦闘能力を持たない代わりに千里眼が働き、敵となる存在があれば察知しますが、その能力を鈍らせるエレメントが漂っていると…。
これまでは彼らにモンスターの存在を知らせてもらい、人間が国の兵士を動かしていたのですが、今回それが出来なかったようです」
「西と変わらんのだな。この世界の生き物を脅かそうとしている」
「北にゲートがあるということか?」
するとエレンが、リンに兜を貸してくれるようジェスチャーをした。
「えーと…ネフト族の族長さん、とにかくあたしたちは北の洞窟へ向かうわ。きっとモンスターを倒してくるから」
昆虫の姿なので表情は分からないが、しっかり眼(複眼である)を見て向き合う。
『あなたたちは西から来たのですね』
「分かるの?」
『星の位置のズレから、アビスゲートが閉じられてゆくのを分かりました。西で何かが起こっていると…』
「4つ目のゲートで、女の子が、その向こうへ消えてしまったの。これから助けに行くわ」
そこで話が途切れてしまう。
ゲートの向こうへ行くという言い分に驚いた様子なのは、エレンも何となく感じ取った。
『…600年前、魔王の手によって東の国々が滅び、生き残った人間たちがこの地方へやってきました。
彼らは、荒れる気候を凌ぐ建物を造り、枯れ果てた大地を根気強く育て、見ての通りに復興を遂げました。
あなたたちの決意もきっと、遂げられるのでしょう』
まさか、こんな変わった姿をした者まで励ましの言葉をかけてくれるとは。
「ありがとう」
血の繋がった妹が姿を消したとあって、男性陣がエレンのことを気にかける場面は少なくない。
「何と云っていたのだ?」
兜をリンへ手渡して、なにやらひとつ息をついたエレンに、シャールが神妙な顔をして訊ねた。
「そうね、ヨハンネスの研究は正しかった、っていうところかしら」
「?」
シャールにはまだ、エレンのジョークに対する反射能力が不足している。
当然これに答えるのはハリードである。
「その兜を使ってみたかっただけだろ」
「ふふふ」
「北の洞窟へ行くのはトーマスを引き取りに戻ってからだな」
「無事かしら」
バイメイニャンの元へ戻り、無事トーマスと合流。
「あらかた調べ終わったが、術士としてかなりの素質があるね。あたしの弟子にしたいもんだ」
「困るわ。返してよ」
「そのくらい筋がいいって表現じゃないかい、まったく。ちなみに嬢ちゃんとそっちのうるさい方の兄ちゃんは、ぱっと見ただけでも素質はないよ」
「うるさい方?シャール、残念だったな」
「どう考えてもハリードでしょ!」
ネフト族の話を報告すると、それを踏まえた調査に新たに入るというバイメイニャン。
ひとまず5人で村の東に建つ玄城を訪ね、衛将軍ヤン・ファンに謁見するよう指示を受けた。ゲートの在処についての話し合いをするそうだ。
「なんだかんだ云って、頼れる婆さんね」
そんな5人が次にいたのは、城の牢屋だった。
「あの婆さん、肝心な言付けを忘れてくれたわね…」
『変わった恰好』をした5人は、門番の目には不審人物と判断され、捕らえられてしまった。
ヤン将軍とやらに会えば誤解は解けるかと思いきや、不審人物の扱いのままで尋問を受け、挙げ句連行されたのがこの牢屋である。
「来たぞ、婆さんが」
廊下の向こうからつかつかと早足で現れたバイメイニャン。
エレンが木製の格子から不機嫌そうに顔を出して出迎える。
「こんなところにおったのか!」
南京錠を解除。厳重に管理されるべき扉をあっさりと開け放つ。
「ちゃんとあたしたちの話を伝えておいてもらわなくちゃ困るわよ!とっ捕まっちゃったじゃないのっ」
「細かい話は忘れろ。それよりもお前たち、ゼルナム族は草原の北に巣を構えておるという話だったがな、
このところ国を覆っておったアビスの妖気の出所もそこだと判ったのじゃ。話し合いは後回しにして、北へ行き巣を叩くのじゃ!」
「そこにゲートがあるのか?」
「そこまでは判らん。あたしらもまだ探り探りやっておる。だが魔物を呼び寄せるほどに強烈な妖気なのは確かじゃ」
もしゲートがあれば、その向こう側へ乗り込むことになる。
5人の空気が張り詰める。
「老師!勝手なことをなさらないでください!」
バイメイニャンの後を追って、将軍も5人の元へ。
「黄京のミカドに報告を送ったばかりです。命令を待たねばなりません」
「あんな子供に何が分かる。どうせ側近のツァオガオが勝手に決めてしまうわ。黄京の連中はキンタマ袋の中身が空っぽの腑抜けばかりじゃ。当てにならん!」
「老師、下品な言葉遣いはおやめください…」
「ファンファン、お前も分かっておらん!アビスの力が間近に迫っておるのじゃぞ、呑気に命令を待つ暇があるか!」
「老師、その呼び方はおやめください…」
不審人物の疑いを解くには頼もしいが、凛々しく威厳のある将軍殿の言葉尻が弱って行くさまは、気の毒にも映った。
しかしこの2人の間で話に決着をつけてもらわねばならず、黙って見守る。
「…老師、私はアビスの魔貴族どもと闘うのに、何の躊躇いもありません。
いつの日か奴らを討ち滅ぼす為にと、力を蓄えてきました、明日にでもと云うのなら出陣する覚悟もあります。
しかし、この西から来たとかいう連中を信じるかどうかは別です」
「これは何かの前兆じゃ、ファンファン。あたしもこいつらを詳しく調べたが、西の魔貴族の特性をよく掴んでおる。実際闘った事の証しじゃ」
将軍は口を噤み、5人を見た。
バイメイニャンに語ったのと同じ経緯をヤン将軍にも告げているが、彼は城を預かる立場上、厳密に吟味する必要はあったはずだ。
「…分かりました。老師のお言葉を信じましょう」
「よし。ならばこいつらの武具をとっとと返してやれ。北へ向かわせるからの」
「はい、直ぐに…」
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