朝焼けの下、玄城の門前に集結した兵士。
鎧が立てる金属音。

バイメイニャンが5人の前へ。エレンは馬を離れて駆け寄った。
「婆さん!」
「ふん。顔色は悪くないようじゃな」
「行ってくるわ。本当に色々とありがとう」
見送りに来た口喧しい老女には、愛着のようなものが湧いてしまった。名残惜しい気持ちが笑顔となる。
「嬢ちゃんの妹の面も拝んでみたいからね、やられちまうんじゃないよ」
「残念だけど、あたしの妹は大人しくて真面目な子よ」
「お前みたいなのが2人いれば魔王を超えるぜ」
「うるさい!」
エレンの佇まいに隙はない。
幾度かの感情の渓を超えた、それは熱した鉄を叩いて鍛えることと似ているのか。
背負った戦斧に微かな朝陽の光を吸い寄せ、それを彼女の放つ光のように見せてしまう。
バイメイニャンが眩しさに目を細めた。
「女は強いものじゃ」
ヤン将軍が兵士どもへ言葉をかけ終えたか、雄叫びがこだました。
重厚な空気の中に爽やかさがあって、必要以上には緊迫しない。将軍の人望であろうか。
「珍しく意見が合うわね、婆さん」
「あんたの場合は礼儀が揃えば云うことはないんだがの」
「あたしに求めないでちょうだい!」
一つに束ねた髪を翻し、馬の背に跨った。
「戦うことしか能がないの」




明けの明星が、陽光に消える直前。
5人は数千騎の馬に紛れて玄城を後にする。

ヤン・ファン、従える兵、そして5人。
黄京城を目指し、馬が草原を突っ切る。
囀る小鳥達を散らし、芝生を削り、風を分けて。
深夜の時間帯、河辺に馬の脚を止めさせ休息をとるが、兵士の士気を背中で感じ取っていたか、鼻息荒く興奮の収まらぬまま。
蹄が鳴らす轟音に鼓舞されながら、接近した城。
夜の明け切らない薄暗闇にそびえ立つそれを、数千の松明が照らす。


その光の先頭にいたヤン将軍と5人が馬を降り、対面した。
「あちらも直に飛び出してくる。お前たちはしばらく草陰に潜んでいろ。若干の兵や、ゲートから呼び寄せた魔物が城内に残されているだろう。心して掛かれ」
ユウチュン宛ての書状を差し出し、5人の瞳を順に見た。
「将軍様、どうか御無事で」
「お世話になったわ」
俄かに城の方面が賑やかになり始める。
数千の兵を率いる男だが勝算があるのだろうか、笑みすら湛えていた。
「お前たちもな。まだ東の地を楽しめていないだろうから、戻って来てゆっくり過ごしてくれ。また部屋と食事を用意しよう」
そうして、彼は颯爽と軍隊の中へ消えてゆく。
間もなく法螺貝の合図に城から溢れ出た黄京城の兵。
夜明けと共に合戦の火蓋が切って落とされた。




城外には幾人かの兵が配置されていたが、簡単に破り城へと突入する。
中にいたのはやはりモンスター。ツァオガオという人物はアビスの力を遣っている。
市松模様の床に不似合いな彼らは、兵士の身分を与えられた人間よりも優秀な手下。流石に手こずる。
数千の兵に攻め入られる事をも想定しているのだろうから、仕方がないが…、

巨大なドラゴンが火炎を吐いた。
唯一、知能では人間に劣るモンスターが、城そのものの無事を考慮することは難しいようだ。
「これで城が焼けちまったら笑い話だぜ」
「まったくだ」
このフロアはドラゴン以外にモンスターの姿はない。5対1ならば攪乱させられる。
攻撃や回避の合間、故意に引きつけるなどして隙を作り、着実に体力を奪った。
エレンの戦斧が首に深々と食い込んで悲鳴をあげたのを見計らい、トーマスの槍がドラゴンの頭部を貫く。
巨体が倒れ息絶えるのを見届けることはせず、上階を目指した。

厳重に施錠された扉を武器で強引に破ると、体ごと縄で縛りつけられた、大男と幼い少年を見付けた。
ヤン・ユウチュンとミカドである。
拘束を解いてユウチュンには書状を渡し、口頭で状況を付け加え、城下で繰り広げられる戦の場へ向かう彼を見送った。

そして、最上階へ。
更に1人の人間に出くわした。
「く…くそっ!何奴!」
ツァオガオというのはこの男であろう。
少なくとも味方ではないと解った様子で、またこちらの人数を見て、逃げ出す。
隠し扉の向こうへ消えたのを目撃し後を追うと、今度はひたすらに下り階段が続いた。
地下まで潜ったかも知れないと思えた頃、ツァオガオが駆け込んだ扉。
5人がそれぞれ、西太洋の底と魔王殿地下で見たものと同じ、大掛かりな装置がそこにあった。



5つ目のアビスゲートだ。

血走った眼をして振り向いた、男の形相。
大将軍を捕らえて何かを実行に移そうとしていた…、そこへ見知らぬ人間が割り込んで、憤怒や焦燥に追い立てられている。
「誰にも私の邪魔はさせん!アビスの力を遣って私が世界をこの手にするのだ!!」
それは5人の目的とずれていて、話し合いもできそうになく、“妨げとなるなら殺めても…”というヤン将軍の言葉を、それぞれが確かめ始めていた。
「分かっているのか!?逆らう者は皆殺しだ!!」
男の台詞には口出しをせず、その機会を窺う。
「ん…!?ゲートが共鳴している…」
ツァオガオが、少年を目に留めた。
「宿命の子が自ら出向いてきた…!そうなのだな、そこの坊やは宿命の子なのだろう!?間違いない!!間違いないぞ!!」
武器を構えているこちら側には近寄らないが、興奮を隠せずにまくし立てる。
「こちらへ来るんだ、君の力が必要だ!私と手を組めば何でも思いのままだぞ、さあ!」
その的にされている少年の瞳は、じっと、男を睨みつけていた。
この様子では靡きそうにない、そんな判断もつかず、ツァオガオはとうとう敵意をなし崩しに投げ出してゆく。
「あなたたちも、協力すると云うなら私と共に…」
少年が、一歩前へ踏み出た。

「邪魔だ」
大剣を鞘から抜く。
その仕種に、ツァオガオは顔を引き攣らせた。
「な…、なにを…」
刃に映り込むのは、青ざめる男の顔。
「そこをどけ。お前に用はない」


ツァオガオは装置に触れた。東の地には操作方法が伝わっていたのだろう。
ゲートの中心から龍が現れる。城内で戦ったものとは違う種族だが、こちらも巨大だ。
「逆らう者は、皆殺しだ…」
とんだ茶番だが、巨龍の方にはもう少し手応えがありそうだ。
武器を構え、迎え撃つ体勢を取る。
甲高い鳴き声が、ゲートの間をびりびりと揺るがす。

しかしその口が、牙を剥き襲ったのは…
「な…、ヒッ…」
ゲートを抜け出て、最も近い位置にいた“餌”。
肉体を砕く音、脂肪の黄色と血液の赤色。鮮やかさがいやに目についた。
主君や敵の判別よりも、空腹が勝ったのだろうか。
「……ァ…」
爪が食い込んで首を落とされかけると、喉笛が空気と血を吐いた。
下半身を先に引き千切り、衣服ごとを消化器官へ送る。
腸を縄のようにぶら下げ、只の肉塊となった男は、もげた片腕だけ残して呑み込まれて行く。
『食事』を終えた巨龍は5人にも牙を剥いた。
ツァオガオの肉体の細かな残骸の上に、それを喰らった巨龍の亡骸が横たわることとなった。





少年が、口を開けたゲートの前へ。
瞼を閉じ念じると、装置が出力を上げ、光が強まる。
ゲートの間の、冷えた酸素が音もなく拡散した。
4人は完全に開き切った状態を判らないが、少年がこちらに振り返るのを見てそれを把握。
「行きましょう」
装置は無機質な重低音だけを上げる。
外では数千対数千の戦が起きているはずなのだが、不気味に静かだ。

中心から拡がる光の中へ、足を踏み入れた。

5人の姿が掻き消える、それと同時に意識を手放していた。


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