傷の手当てを済ませ、疲労に任せて休養をとった後、3人は洞窟の外へ顔を出した。
太陽は地平線の高さよりも上にある。
「もうじき10時だ」
洞窟の脇には、馬が4頭繋がれていた。ランスから乗った馬車も置いてある。積荷は空となっていたが。
「どうせどこから奪った馬なのかは分からん。ポール、こいつで帰るといい」
「そうだな」
「あ、昨日の子たちね!見覚えがあるわ」
洞窟内での出来事など知らぬ馬たちは、暖かな陽射しの中でのんびりと草を食んでいた。
「あとの3頭は一応、ヤーマスまで連れて行くか」
「荷台の中身はどうするの?」
「野盗団を壊滅させた証になるものが要るな。俺たちが売り払ったと疑われるといかん」
多勢でも、酒に酔っていることが何より野盗団員の枷となった。
手下が傷を負って倒れてゆき、やがて追い詰められたボスの男は、腰を抜かして許しを乞うた。
とは云え法で裁かれることからは逃れたいらしく、全員が洞窟を後にして散って行った。

「ありがとう。ハリード、エレン」
怪我は男の勲章…とはよく云ったものである。
戦いで傷を負ったポールは、ふたりと出逢ったときよりも、心なしか精悍に見えた。
「お互いさまだ。お前がいなければ今頃こいつは売られていたさ」
「そうよ。ポール、あんたのおかげよ」
彼はここからキドラントまで直帰だ。距離はあるが、冒険者に憧れて剣術の鍛練をしたというだけあって、腕前は充分。
「当然のことをしただけさ。それじゃ、俺、行くよ」
少しだけ寂しそうにして、ふたりの顔を順に見つめる。
「ニーナによろしくね。そばにいて護ってあげなくちゃだめよ」
「元気でな、ポール」
「ふたりに逢えて良かった。いつかまたキドラントに遊びに来てくれよ」
「云われなくてもそうするつもりよ」
見送るふたりに手を振り、ポールの馬は、かつて野盗団のアジトであった洞窟を離れて行った。





エレンは森の澄んだ空気に誘われ、深呼吸をした。
この森にはまだモンスターの姿は見えず、何とも美しい自然の風景が、ふたりを包んでいる。

「こんな綺麗な場所にアジトを構えるなんて、あいつらも生意気ね」
あちこち包帯を巻いているエレン。首に打たれた毒針の痕はまだ腫れており、大きな痣となっている。
「エレン、お前はもう少し休養したほうがいい」
「平気よ!すぐ行くわ」
毒針の痕を見ながら声をかけると、エレンは振り返りざまに強い口調だ。
心情を察したハリードは、洞窟入口にあったベンチへ導いた。

一度きり、エレンは壁際まで追われ、手斧を弾き飛ばされるという危機を迎えた。
盗品の中から拝借していた盾で、複数の団員からの攻撃を受け止める一方となり、咄嗟に投げた酒瓶も外してしまった。
盾が視界を遮った一瞬、振るわれた剣。
その時ハリードが飛び込み、肩を斬られた。

野盗団は洞窟をあまり綺麗には保っておらず、何かしらの食べかすが散らかっていて、雀がこれをつついていた。
「俺も腹が減った。何か食ってからの出発でいいだろ」
「うん…」
毒針を打たれ捕虜となってしまったこと、肩の傷のことが、エレンの挫折の原因を作っている。
もっと自分が強かったならと、自分を責めているところだろう。
しかし、それどころかハリードには、今回の荷物運びを請け負う決断そのものが、騒動の種となった負い目があるのだが…。

「旅の連れの選択を誤ったのかもな」
「!?」
「お前がだ」
にやりと笑ってみせると、エレンは強い眼差しを返してくる。
「なんとかなったから、別にいいわ!」


食糧の保管場所を漁り、口に入れても問題のなさそうなものを選り分け、腹を満たした。
貯め込んであった金は木箱ごと馬車の荷台へ。1万を超える大金だ。
ポールはこれを報酬にと云ってくれたが、宝石類と一緒に、野盗団の盗品として保安部へ持ち込むことに。
「さて、行くか」
「あたし、ずっと寝てて道を知らないんだから頼んだわよ」
「俺も知らん」
「うそっ」
団員もそこまで抜けてはいない。アジトの場所を知られないようにと、荷台の幕を下ろされていたのだ。
「ポールに道を訊いておくべきだったわね…」
ふたりで地図を覗き込み、南の方角へ逸れたはずだというハリードの記憶から、現在の居場所を仮に決定。
「とりあえず北へ向かえば何とかなるだろ」
「そうね。どのくらいかかりそう?」
「わからん」
「ハリード、今までよく旅をしてこられたわよね」
ふたりの笑い声は、蹄の鳴らす軽快な音に乗って。




無事に人里へ到着したふたり。
ランスから経由する予定の地だったようで、運搬業者の事務所へ顔を出せば、ちょっとした騒ぎになった。
保安部で何時間も野盗団について取調べを受け、疲れ果てたら宿屋へ。

ふたりの旅は続いた。

アビスゲートが開いたのかどうか?

それはまだ誰にも分からないのだが、恐ろしいモンスターは現れるし、世の混乱に乗じて悪事に手を染める人間も多く、
ふたりはまた、騒動に巻き込まれる羽目になったそうだ。

そんな中めきめきと腕を上げるエレンが、一度、ハリードを相手にした稽古で、曲刀を弾き飛ばしたという。
今のところハリードにとっては、アビスゲートがどうのという問題よりも、
すぐにエレンが自分を超えてしまうのではないかという恐ろしさのほうが大きいらしい。



END

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