洞窟内に小さく響く足音。
エレンを抱いたまま、腰を上げて構えた。
現れたのは先ほどの団員。言葉通り、ふたりの荷物を抱えている。
「水と食糧も持ってきたよ。彼女、きっと弱ってるだろ。あとは包帯と傷薬だ」
「お前、さっきから一体何がしたい?」
団員は持参したものをふたりの脇に置くと、ハリードの向かいに座り込んだ。
「俺はポールっていうんだ。キドラントで恋人が待ってるんだけど、帰るに帰れなくて困ってるところさ」
「………」
「女の子が売られて行くのだけは許せなくて、一度こっそり逃がしたこともあるぜ。夜中は手薄なんだ」
照れ笑いを浮かべながらの自己紹介だが、ハリードはこれが嘘である可能性も考慮しているところだ。
「そこの彼女のことも、高く売れるって笑って話してやがった。だからさ、お兄さんたちのことも助けるつもりだよ」
あれこれと頭の中で考え事を巡らせるハリードは、いくつかの単語を吟味するうち、気がついた。
「ポール…、キドラントに恋人?」
「あ、俺にも恋人くらいいるよ!信じてくれよ」
ブラウンの髪は癖っ毛で毛先が跳ねているといい、派手な柄のものが好みで…
まさにそのような外見の青年。キドラントで出逢った少女の話と重なるのだ。
「俺はハリードだ。こいつはエレン。キドラントでニーナに会ったぜ」
「へっ??」
「お前、そのポールだろう?」
「………」
ポールが絶句するとまた洞窟内が静まり、エレンの呼吸が穏やかに戻りつつあることを分かる。
ハリードはそちらへ気をとられて、頬を撫でるなどしているが、ポールは恋人の名前を出されて以降、黙りこくってしまった。
「ハリード…?」
まだ少し怠そうではあるが、エレンは間近にいる男の顔を見て、名を呼んだ。
「さすが、回復が早いな」
「…あたし、どうなったの?」
「毒針を打たれて、長いことうなされていた。解毒剤は飲ませたから安心しろ」
「………」
ポールの存在にも気づく。
「こいつは敵じゃないぜ」
「そう…」
武人としての勘なのか、ここが安全な場所ではなさそうだと、エレンは察しているらしい。
静かに体を起こして、2人の男の顔を順番に眺めた。
「まだ寝ていろ」
逞しい腕が、体を抱えて引き寄せ、大きな掌は、脂汗で張り付いた前髪をほどく。
エレンは男の仕種に戸惑い、見知らぬ人間の目があることを気にかけながらも、心地好さに負け、瞳を閉じた。
「ハリード、もう一つ、話を聞いてもらえないかな」
エレンの回復が近そうだと判断してからということなのだろう、ポールが口を開いた。
「相当な剣の腕前なんだってな。俺、ここに借りがあって抜けられずにいてさ…、一緒にここを潰してほしいんだ」
ここへ来る前、命を助ける代わりに用心棒になれと強要されたハリード。
借りがある、という表現にピンときた。
野盗団員に落ちぶれたというよりは、強引に取り込まれてしまった。それでニーナのもとへ帰れずにいるわけだ。
「もちろんただでとは云わないよ。あいつら奪った金を貯め込んでるから、それを持って行ってくれ」
「逃げるという選択肢はなかったのか?」
「…それも考えたけど、こいつらは物流のあるキドラントにも進出しようとしてる」
ニーナを連れ去る手口と、エレンを連れ去る手口の一致…。
すべてが繋がって、ハリードは微笑った。
「分かった。引き受けよう」
「女の子は先に逃げてもらうほうがいいかな」
「エレン、どうする?」
ぼうっとしたまま、2人の男の間で交わされた取引を耳に入れていたエレンだが、情報が圧倒的に不足していて、把握しきれない。
最重要事項をまだ伝えていないことはハリードも分かっていながら、敢えて訊いたのである。
「もう、説明が先でしょ!」
「はははっ」
ポールに目配せをした。
「俺はポール。ニーナがお世話になったみたいだね」
「えっ…」
「すごい偶然だけど、縁なのかも知れないな」
「あんたがポール!?」
予定では、恋人が待っているのだから早く帰れと説得(説教)をするつもりだった。
が、これまで聞いた話を反芻してみると、どうやら訳ありだ。
「そういうことだ。ポール、いつ頃にするんだ?」
「ボスは毎晩、奥の大部屋で飲んで騒いでるんだ。酔い潰れてるところを狙おう」
ようやく状況を掴んだエレンは、荷袋を漁り、手斧を取り出した。
盗んだ物品を置いている部屋を覗き、武具と、他に使えそうなものを見繕った。
大まかな作戦は練るが、こちらから戦いを仕掛ければ向こうには加勢もあるだろう。
大部屋へと足を踏み入れると、団員どもの目が3人を見た。
「何だぁ?」
「お前、下っ端のガキか。寝てろよバーカ」
ざっと数をあたると27人。ポールによれば外に見張りが2人いるだけで、洞窟内を警備する役割はそもそもないらしい。
それどころか全員で酒盛りとはあまりに危機意識に欠けるが、ごろつきの集まりのような一団では仕方があるまい。
「あ?待てよ、お前ら…」
最初にポールの後ろのふたりに気づいたのは、ハリードとエレンには見覚えのある顔。
昼間襲われたグループのリーダーの男だ。
拘束しているはずの捕虜が、武装をして乗り込んできたという事態…。
「用心棒の契約はまだだったよなァ!!?」
「残念だが、気が変わったのでな。辞退させていただく」
すぐに武器を手に立ち上がるが、寝込んでいる者、泥酔している者。さっそく戦力から5人が除外された。
「ポール!裏切りやがったな!!」
「あんたらと一緒にこんな腐った仕事をするのは、もうごめんだ」
「てめぇ!!」
「クソ野郎!!」
酒のせいだろう。ポールの挑発的な台詞に容易く釣られ、団員どもはますます正常さから遠ざかる。
それを見てか、ボスが椅子から立ち上がった。
「おい!待て。まずは話をしようじゃないか」
武器を構える団員を掻き分け前へ出る。丸腰だ。
「お互いに血は流したくないだろう?金ならある。2000でどうだ」
この野盗団を率いる男にしては、プライドを持たないらしい。
頑丈そうな木箱を探り、札束を掴んで、3人に差し出して見せる。
「それとも物か?どんな物だってあるぜ、なんなら女も調達できる。お嬢ちゃんの方は宝石がお望みか?」
しかし3人は、この取引に返答をするつもりすらない。
ハリードに至ってはボスを視界に入れておらず、過去の軍隊での戦闘の経験から、複数の団員どもへどういった立ち回りをするかを考えていた。
「3000ならどうだ?答えろ」
苛立ちを見せ始めたボスの眼前で、ポールが、鞘からブロードソードを抜いた。
ハリードとエレンもそれに倣う。
それが、野盗団への答えだった。
団員は一斉に、3人に襲いかかった。
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