護衛団のメンバーは、護衛という名のもとにあるのだから、ふたりの客室の隣や向かいを固めるのが慣例だ。
さすがに戻っているだろうか、それならばいつごろ戻ったのか、ということを、サイドテーブルの弁償代金よりも先に気にかけているバルマンテである。

隣に寝そべっているアーサーが、沈黙を破った。
「僕がどうして君に近づくのか、訊かないの?」
これを聞いて、高揚した状態でいるさなかに、そんな問いかけをした記憶が戻ってくる。
今は気恥ずかしさのほうが大きく、バルマンテは天井の木目を眺めて黙った。
「…」
「抱いたら満足しちゃった?」
「おい」
「ふふっ」
詰まらぬ応酬は情事の余韻でしかなく、バルマンテは居心地が悪そうだ。

少しまた、沈黙がやってきたあと、バルマンテの長い髪を指で梳かしてから、ひと束を手に取り、口づけたアーサー。
「君がひとりだったからだよ」
焦点の合わないような回答に、バルマンテが隣へ視線をやるが、まなざしはかみ合わない。
「コハン城で処刑人として働く君は人との関わりをほとんどもたなかった。僕が君のすべてだと思ってた。
 でも旅先では違うでしょう。色んな人に優しくすること、君はそういう人だって分かってるけど、気に食わない」
「…」
「最近、パトリシアとも二人でよく話をしているから」
「俺も労いの言葉をかけるくらいのことはする」
「嫉妬だよ。シグフレイのこともそう。君は今、あの人に心をとらわれている。あの人の言動をすべて、君は受け止めようとしてる。
 善悪の区別なんてえらそうな話じゃない、僕の嫉妬」
バルマンテの肩に、額を押しつける。
「君は僕の思い通りになってくれないと、いやだよ」

衣擦れの音。
ふたりでかぶっていたコンフォーターが、身を起こしたバルマンテの肌から滑り落ちる。
アーサーは、何も云わぬ唇に唇をふさがれた。
「…ずるい。そういうの」
「…」
しばらくそうして触れ合っているうち、疲労や少々の酒の効果か、睡魔がふたりの邪魔をした。









翌朝、を通り越して、もうじき正午をむかえる。
こんな時刻までぐっすりと眠ってしまったアーサーは、起き上がってからもぼんやり。
ここはツインルーム。片方が情事に汚れたベッド、ふたりで眠ったのがもう一方のベッドだ。
さんざん乱れた形跡が隣のベッドに残っているのを見れば、ゆうべの記憶の中へ引き戻されるようで、余計に覚醒を遅らせる。

浴室から聴こえてくる水音がやんで、彼は出発の身支度までを済ませるのだと思われるが、その時間がずいぶんと長く感じられるものだ。
待ちきれなくなり、はだけかかったバスローブを直しもしないで、アーサーの足は化粧台へ。
「バルマンテ」
彼はちょうど顎髭を整えているところで、右手には剃刀が握られているが…
「おっ…」
アーサーが遠慮なく大きな背中に抱きついた。
「危ないだろ、おい」
「今日もここに一泊しようよ。護衛団は先に帰ってもらうように、昨日伝えておいたから」
「…何?」
「北東界外への往復のあいだ、無駄な一日は無かったでしょ。だから今日がそれ。僕は余暇にまで護衛はつけないよ」
「…」
バルマンテは、返事も聞かずに浴室へ消えていったアーサーと、右手の剃刀とを交互に眺めた。


ゆうべ飲み損ねたからと、二つのティーカップにコーヒーを淹れた。
昼食を何にするかの議論をすませたら、アーサーがバルマンテの腕をとり、窓際まで連れてゆく。
「バルマンテ、見てよ、あそこ」
これまでと同じように、この書記官の男の思い通りになるような日々がやってくる。
愛着…よりも深く根差した、ややこしい感情に振られて、…
眩しい陽射しに目を細めながら、指差す先を見た。

「あの建物、違法薬物の取引に使われてるらしいよ。ヤバイよね」
「…。その情報は別にいらんな」



END

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