翌朝…朝と呼ぶにしても、太陽のお出ましを待たず、空が少々明るんだ程度…の時間帯。
港町ならば漁師が船を出す時刻、ベーカリーでは竈が稼動し始める頃か。
5人はまだ肌寒い砂漠地帯へ足を踏み出した。
街を背にすれば、空と砂漠との境目を、乾いた砂風がぼやかすだけの風景が、視界に拡がる。

やはり頼りにされるのはハリードで、あれこれと質問が飛んでいる。
先頭を歩きながら、想い出話も交えて回答し、文字通りパーティを引っ張っていくような立場だ。
有毒の蛇や蠍が現れても、彼は仕留めるのが上手い。
「食べられないの?」
「さすが、逞しいな。こいつは猛毒だ」
砂漠のオアシスに興った国で軍に属していたものの、さすがに砂地での戦闘は滅多に起こらなかったとも話したが。
「噂通りだ。トルネードよ」
その身のこなしにはやはり、あとの4人と比較すれば、地の利を感じさせる。
かと云って、初めて砂漠へやって来たというシャールもそれはそれで、これまで問題なく立ち回ってみせているのだ。
彼は最後尾につき、進む道を定めるハリードと共に、率先してモンスターどもを破ってゆく。
「あんたもな」
「この機に色々と吸収させていただこう」
「よせ。俺は何度も泥を舐めてきた」
この男たちは兵士として有名で、かつ、貴族階級にあった。
田舎育ちのエレンとトーマスが顔を見合わせ、その次にそれぞれ手にした武器を見下ろして、何やら黙って考え込むような様子。
少年の瞳が不思議そうにそれを見つめた。




岩場の向こうに河の流れる音を聴く。ハリードが語った通り、泥の割合が多いと判る轟音だ。
河を見渡せる位置まで登ってみると、東方との往来に利用されていた痕跡を確認できた。
岩を削り、道や橋が造られている。
それは長年放置された結果、河に削り取られ、破壊され、その機能を損なっていたが。

太陽の位置で方角を取りながら、また河の流れで地形の展開を読みながら『東』という闇雲な目的地へと。
なるべく岩場を辿るルートを進むのだが、とうとう河を渡らなければならない地点へ到達してしまった。
シャールが、三叉槍を赤茶色の水面に突き立てる。
「深さは腰にも達しないが、やはり勢いは強いな」
「もう少し上流に行ってみるか」
下流には落差のありそうな滝。落下すれば命は無さそうだ。
トーマスとシャールの持つ槍の長さを活用し、まずはハリードとシャールが対岸へ。ロープを投げ渡し、残る3人が続く。

無事に河を渡り切った5人の視界に広がるのは、砂漠であった。
ただナジュ砂漠とは違い、未だ岩場の陰を残す。
「もうじき日も落ちることだし、ここで少し落ち着こう」
トーマスの提案に異論を唱える者はおらず、砂漠の手前にテントを張った。
岩場を辿り移動をするのは大変に困難であった。それはモンスターにとっても同様らしく、彼らは岩場には出没しなかった。
体力の消耗よりも、今のうちに…というところだ。


結界石を置いて防御幕を張り、空間を歪めて姿を隠す。それで万全とは行かないので交代で見張りを立てる。
真夜中、エレンはテントを出た。
サラと共に魔王殿のアビスゲートの中にいたという、少年の背中に歩み寄る。
「お疲れさま」
「まだ、僕の見張りの番ですよ」
「あんたと話をしてみたいの」
背丈も体格も、武術に没頭して来たエレンといい勝負。
ただし、彼の10代の少年らしい発展途上の肉体は、すぐにエレンを上回ってしまいそうではある。
「迷惑なら引き下がるわ」
「いえ…」

自分に関わろうとする人は皆、死んで行くのだと零していた。
途方もなく深い陰を湛えた、黒い瞳。
けれど、関わる者が命を落とすことを憂いて独りで生きているのは、優しさを持っているからだと、エレンは考える。

それから…、
「あんたって、あたしの妹にどこか似てる気がするの。だから」
単に物静かで人の前に出ないという性格だけでなく、滲ませる雰囲気がサラとだぶって。
勝手に親しみを覚えて、構いたくなってしまう。
「…サラと?」
「あたしはこんな強情だけど、サラは大人しい子なの」
ハリードと出逢って旅に出る前…ロアーヌの反乱騒ぎに巻き込まれる前。
平穏な、遠くの日々に思いを馳せる。
「シノンっていう田舎の村の農家に生まれて、あたしは武術をやってたけど、あの子は読書をしたり、花を育てるのも好きね」
こんな話を聴かせてもしょうがないとは思いつつ、少年は黙って耳を貸してくれているので、口が滑らかになる。
「でも、喧嘩別れをしたのよ。あたしがサラに干渉しすぎたせいで反発されてしまったの。年頃だったから。
 しかもそれっきり会ってないから、今こうして、みんなを仲直りに付き合わせてるってところかしらね」
エレンは冗談で締めて笑った。
しかし少年はその隣で、表情を陰らせる。
「サラがいないのに、僕がここにいちゃ、いけない…」
「そうじゃないわ。サラがしたことよ。あんたをこっちの世界に解放して…」
「僕のせいで…」
関わろうとした人間が死んでしまうたび、僕のせいで、と、彼の口は呟いてきたのだろう。
「トムも云ってたでしょう?助けてやればすむ話だわ」
「でも、あなたの大切な人を…」
サラを助けたいと云ってくれたことを、エレンはずっと胸に留めている。
ただ、彼は自分の立場のことで思い詰めていたようだ。

松明に小さく火を灯してある、それだけの明るさ。3人は眠っているだろうか。
昼夜に関わらず止まない砂嵐の音だけを耳に入れながら、エレンはうつむく横顔を見つめた。
「ハリードも、トムも、シャールも、みんな頼れる人よ。きっとサラを連れて帰って来られるわ」
こちらに向き直る少年は、まだあどけない。
「ねえ、サラと会ったら、友達になってあげて。あんたたち気が合いそうよ」
「………」
「ちょっと図々しいかしら?」
少年の瞳がエレンを見つめていた。気弱そうで、主張をしなさそうな、…
「さ、そろそろ見張りの交代の時間だわ。ゆっくり休んで」
「ありがとうございます」
ぎこちないながらも、笑いかけてくれた少年。…そう、サラとよく似ている。
護ってやらなければと考えてしまう自分は、相変わらずだ。


燃え尽きかかった松明が、風に煽られ朱く燻る。
テントへ戻った少年の背中を見届けて、エレンは新たな松明にマッチで火を灯した。


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