船上ではさすがにやることが限られ、ふたりはとうとうカジノへ。
小銭で遊んでみようとスロットマシンの前につくが、十数秒でオーラム硬貨が呑み込まれて消えて行った。
「ハリード、これを楽しいと思う?」
「分からん」
右腕で数千オーラムを稼ぐふたりはやはり賭博に楽しさを見出せず、結局バーへ。
エレンは前夜の失敗で学習し、ハリードの酒談義に付き合いつつほどほどに愉しんだ。
船上ではマジックショーや唄などのプログラムもあり、終わってみればそれなりに満喫できた船旅。
ピドナへ降り立つとそのまま港で船を待ち、リブロフへ。

真っ先にパブへ向かい、ロアーヌの情勢を主人に訊ねた。
ミカエルは無事にビューネイ軍を破り、国や街はひとまず護られたという。
「お次はゲートを閉じないとな」
「ハリードがまた加勢してあげてよ」
「それならお前も来るんだよ」
「いやよ。ビューネイは空を飛ぶんでしょ?あたし、高いところじゃ脚が竦んで戦えないもの」
結局、ミカエルに任せれば大丈夫だという結論に達して、食事を済ませた。
宿屋を目指す道すがら、傭兵募集の貼り紙の見定めもしておく。ロアーヌ軍のものもあるが。
「本当に腕が鈍ってる感じがするわ。いきなり戦場に出るのは危ないかしら」
「明日、その辺りで素振りでもするか?」
「ハリードは知り合いの人に会いに行くのが先でしょ」
にっこり笑って、エレンは宿の扉を開いた。
「せっかくだから、お言葉に甘えさせて頂こう」


宿でエレンが目を覚ました時、間仕切りの向こうにハリードの姿は無かった。
朝から散歩に出ていることもあるので始めは気にしなかったが、昼食の時間まで待ってみても、戻らない。
普段なら、一日の大まかな予定は互いに伝えるのだ。

ハリードはどこか掴みどころがなく、突然いなくなってしまうのではと思うことが、エレンには時折ある。
まして彼にとって特別な街だ。

たまたま出逢った彼に同行する、というつもりでいた旅の始まり。
そのうち自分は独り立ちするとか、故郷へ帰るとか、そんな将来を漠然と考えていた。
ところがいつしか、グレートアーチでそうしていたように、ずっと一緒にいると、思い込みはじめている。
「勝手ね、あたし」
立ち上がって、寝間着を脱いだ。髪を梳かして一つに束ね、身支度を済ませる。
考え事をしたくなくて、街へ出た。






ハリードは昨晩立ち寄ったパブにて、元ゲッシア兵に偶然再会していた。
正にあの時教団を相手にした彼は当時17。腕を見込まれ登用されたが平民の出である。
「元気そうで何よりだ」
「はい。ハリード様、実は私、婚約をしまして」
「それはめでたいな」
ハリードは旅の話をして、彼の近況を聞いて、穏やかに一時を過ごしていた。
彼の話に耳を傾けていると、1年前のロアーヌの反乱騒ぎに“トルネード”が手を貸したと、このリブロフで聞いたという。
これをまるで自らの武勇伝のように語る彼に苦笑するのも、愉しかった。

すると、会話の途切れたあと。
「…ところでハリード様、諸王の都の場所は御存知ですか?」
「ああ、昔一度だけ行ったことがある」
ゲッシア王朝を興した初代アル・アワドを始めとする、代々の王族を奉った廟である。
王族、つまりアル・アワドの子孫に当たるハリードには足を向ける機会があった。正確には少年時代に連れて行かれただけ、であったが。
彼は神妙な面持ちで、続きを口にした。
「実は…、数ヶ月前からの噂ですが、ファティーマ様を、そこで見たという者がいるらしいのです」

予想をしなかった話の展開、突然聞かされた名前。
全身の血がカッと熱くなる感覚と、寒気とを同時に感じた。
ばかを云うな、と、怒鳴りつけてしまいそうな、瞬間的な激情を、喉の奥に捩じ込んだ。

「今ではあの場所の管理と手入れをする者はいない。もう廃墟同然だ。生身の人間が行く場所ではなくなっているんだぞ」
「しかし、ハリード様…」
「生きているなら、とうの昔にこの街にでも、姿を見せておられたはずだ」
「向かわれてみては如何ですか?」
ハリードはファティーマに仕える護衛役であった。
馬鹿げた話であっても彼は、自分のためにと思って打ち明けてくれたわけだ。
「かなり危険だと聞いている。考えておこう」
それを無駄にせぬよう、返事を選んだ。


パブを出て、気づけばアクバー峠の見える丘へと辿り着いていた。
返事を選んだ、というつもりの自分の言葉を、頭の中で繰り返す。

もしもあの人との再会を果たせるのならば、それを望むのが本心だ。
しかし、ただでさえ人里から遠く離れた廟は、人の手が入らなくなったためにモンスターの住処になっているとまで聞く。
そこに姫が?一人で?それとも従者を伴って?
いや、やはり、あまりに現実味のない話だ。
知人に語ったように、ゲッシアの者が移住するこのリブロフの地に姿がないのなら…。

その諸王の都には、ゲッシアを興したアル・アワドが手にしていた、曲刀カムシーンが眠っている。
両親と従者と共にそこを訪れ、難しい物事がよく解らない年頃の瞳に、それを映した記憶。
やがて剣術の鍛練を始め、その朧げな記憶に、ひたすら焦がれてきた。

ハリードは腰に提げた曲刀を、鞘から抜き、ひと振り。
カムシーンを手にすることを望む者は数多いが、継承するに相応しい力を持つかが試され、及ばぬがために皆命を落として行ったという。
自分もそれに、挑んでみようか。
諸王の都で、あの人を捜すのではなく、もう居ないのだと区切りをつけて。
カムシーン継承の試練に挑んで、
死ぬとしても。
それも本望だ。

絶望の果てに死に焦がれ、死に場所を探した、或る日の自分。
それが永い眠りから醒め、ここにいる自分を乗っ取ってゆく。

戦場の兵士は駒として扱われる。
駒が壊れれば新たな駒を。今日は数百の駒を失った、あと数百を金で補充しよう…、そんな風に勘定される。
その中の一つが、自分だった。

命は尊ぶべきものだという綺麗事とは、いつでも無縁だった。


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