ふたりは、男どもが回復して後を追ってくる前にと少女を連れて小屋を出た。
体に力が入らない様子だったためハリードが背負っている。
「この町に住んでるの?」
「はい…」
「じゃあ、家まで送るわね。こいつに道を指示して。あたしは後ろを警戒しておくわ」
少女の自宅へ着くと、一人暮らしだということで、エレンが世話を買って出る。
その間ハリードは保安部へ話をしに向かった。

少女はニーナと名乗った。
「どこかに針を打たれたでしょう?」
「はい、首に…」
「消毒薬はある?」
首の後ろに赤い点、その周りは痣になっていた。
麻酔薬を塗った針だと思われるが、これを刺され、意識が薄らいだところを担ぎ上げられ連行されてしまった。
その途中、男はニーナを雪の上へ落とした。その衝撃と雪の冷たさで気がついて、多少の抵抗ができたというが…。
手当てをする間、エレンはぶつぶつと男どもへの文句を零していたが、対してニーナは気丈だ。
「私、護身用にナイフを持ち歩いているんですけど、あの状況では役に立ちませんでした」
ベッドで半身を起こし、はにかみながら懐のナイフを取り出す。
「あんな汚い手を使われればね」
「この町で見ない人たちでしたから、エレンさんとハリードさんのお陰で懲りて、出て行くんじゃないかと思います」
「だといいけど…」
針を打たれた外傷だけで済んだものの、心に傷を負っているのではと、エレンは心配をしていたが…。
「今度は体術を習わなくちゃ」
「そうね。覚えておいて損はないわ」
「実家がこの町にあって、父さんが私を心配してナイフの扱いを仕込んでくれたんです。体術もお願いしてみようっと」
パーマをかけたブロンドの髪を2つに纏めて、可愛らしいティアンドルを着ているものの、なかなか活動的なよう。
笑顔で雑談に応じてくれるのを見て、大丈夫そうだと判断した。

ドアの叩き金が鳴った。
「あ、あたしが出るわ」
エレンは玄関へ向かい、念のために警戒をして、ドアをじわりと開く。
首だけ出すと誰もおらず、まさか、と思い息を呑んだ。
「誰!?」
「エレンか」
ハリードの声だった。
石垣のそばに建つ小さな館だが、その石垣と館との間からぬっと出てきた。
警戒というより悪ふざけである。
「あんたが怪しいわよ」
「会いたかったぜ、エレン」
「はいはい、中にどうぞ」
リビングへ戻ると、ニーナがテーブルにティーカップを並べている。
「動いて大丈夫なの?」
「はい」
紅茶を注いでいるのを見ると、ハリードが後ろ手に持っていた箱をテーブルへ。
「ちょうど良かったな。2人で食べてくれ」
「!?」
エレンが何の遠慮もなくその箱を開封した。
中には、イチゴの乗ったケーキが2つ…。
「あ、あの、私はいただけないです!」
「ついでに買って来ただけだ。遠慮はいらないぜ」
「あんたがこんなものを買って来たの!?」
「失礼だな。お前の分だけ俺が食うぞ」
武器を提げた大柄な男がケーキを購入した事実はともかく、保安部へ事件のことを告げるとさっそく小屋へ向かってくれた。
するとすぐに1人の保安官が戻り、まだ動けずにいた男4人を捕まえたと知らされた。
被害者からの話を聞きたいということで、この館の住所を告げてきたと、ハリードからの報告は以上だ。
ケーキは、エレンとニーナがいただいた。


ひと段落ついたところで、ニーナが話を始めた。
「お2人は旅をされているんですよね。ポールという人に会いませんでしたか?エレンさんと同じ歳なんですけど…」
身振り手振りでポールという人物の容姿を説明するニーナだが。
「うーん…残念だけど、心当たりがないわ」
「俺も覚えはないな」
「その人を捜してるの?」
「いえ、捜しているというと少し違いますけど…。私の恋人なんです。
 彼、冒険者になるんだと云って旅に出てしまって、元気でやっているのか心配で」
恋人が危険な目に遭っているというのに、よそをほっつき歩いているなんて…
と、口出しをしそうになったエレンは、自分自身が家業を放ったらかしに旅へ出ている身分であることを自覚して、とりやめた。
「彼の夢は大事にしてあげたいと思っているんですけど、せめて顔を見せてくれればなって…」
恋愛ごとに疎く、ニーナの感情を直接的には理解しかねるエレンだが、世話焼きな性格を突き動かされた。
「もしポールに会ったらキドラントであなたが待ってるって伝えるわ。恋人ならあなたを護ってもらわなくちゃね」
「はい。お願いします」
「あたしも自分の進む道に悩んで、こうして旅に出たの。そういう年代なのよね」
「そうですよね」
熱心なエレンの隣で、ハリードは会話には入らなかったが、微笑ましそうに耳を傾けていた。
エレンにとって、旅先での新しい風景や人との出逢いは、新鮮なものなのだろう。


ニーナの家を出るとちょうど昼食どき。
店を探しながら歩く道のりで、エレンはニーナとの長話の間、黙って聞いていたハリードの顔色を窺った。
「あたしの散歩のおかげで、ひと苦労したわね」
「ニーナが助かったんだ。何も云うまい」
金にならない仕事はしない、と、ハリードが断言したことがあった。モニカの護衛をするかどうかでちょっとした云い合いをした時だ。
旅をして生きるには、土地どちで仕事を探して回らなくてはならない。
エレンもそこは理解をしている。もちろん、先ほどのような場面に出くわせば、彼でも見過ごすことはないだろうが。
「次はちゃんと、報酬の出る仕事をしなくちゃね」
「あいつらごとき、仕事のうちに入らん」
「ふふっ」
上機嫌そうに笑われて、何か失言をしたか?という顔でエレンを見下ろす。
「あたしが思ってたよりも、優しい人なのね」
どれほど冷徹な男に見えていたのか?という顔をするとまたエレンが笑うので、諦めて一緒に笑っておいた。




ここ数日はずっと天候がよく、今朝も眩しい陽の光を浴びた。
「昨日は本当にありがとうございました」
別れ際に船の時刻を訊かれたので、教えておいた。
そんなニーナはふたりよりも先に港にいて、土産らしき袋まで抱えている。
「これ、うちの近所のベーカリーのパンです。ご迷惑でなかったら召し上がってください」
「もう、そんなことまでしなくたって」
「私の恩人ですもの」
結局、エレンは人を放っておけない。
正しいと思ってやっていたのならいい…と、大人の男は云った。
もしもどこかでポールに会ったなら、恋人に顔を見せてやれと、世話を焼いてやるつもりでいる。
「お2人とも、お元気で。道中お気をつけて」
「ニーナ、あなたも元気でね」
「世話になったな」
乗り込んだ船は、間もなくユーステルムへ向けて出発した。
それをいつまでも港で見送るニーナ。エレンもまた、甲板からずっと手を振っていた。


[前] [次]
[目次]
[一覧へ]
[TOP]