radiancy

立派な館の、立派な叩き金。
純金メッキじゃないか?などと余計な口を挟むハリードを軽くあしらって、エレンがこれを数回鳴らした。
2階建てで敷地も広いが、それに反し、扉はすぐに開く。


「あっ!」
顔を出した人物を見るなり、エレンの笑顔。
「これはこれは」
「シャール!ひさしぶり!!」
飛びつくように手を握られ、シャールの精悍な顔立ちも緩む。
続けてハリードとも握手をして、ふたりの客の瞳を順に、懐かしそうに見つめた。
「エレン、ハリード…驚いたな、まさか訪ねてくれるとは」
「こちらこそ、あんたが直接出迎えてくれると思わなかったぜ」
「ははっ、たまたま扉の側にいたものでな」
「あ、もしかして外出するところだった?」
「いや、今日はこの館で大事な仕事がある。これを取りにきたのだ」
扉を大きく開く仕種でふたりを迎え入れながら、もう片方の腕を持ち上げる。
小型と大型のスコップ、熊手、バケツ。
仕事って?…という表情のエレンに微笑むと、シャールは館の奥へ声をかけた。
「ミューズ様」
このシャールが護衛として仕えている女性…ミューズ…という名の覚えはある。
廊下の曲がり角から姿を見せた彼女とは、この日が初対面。

「シャール、…まあ、お客様ですのね!ようこそおいで下さいました」
「わ…」
エレンはその姿を目に留め、瞳をぱちくりさせた。
「初めまして、ミューズと申します」
「ハリードだ。突然お伺いして申し訳ない。事前に連絡を差し上げられれば良かったが」
「いいえ、かまいません」

名族クラウディウス家の令嬢…それにしては身に着けたワンピースはシンプルで、宝石などの装飾もほとんどなく。
何より、そうやって着飾る必要のない…着飾れば却って邪魔になってしまうのではないかというほど、ミューズは美しかった。

「は、初めましてっ、エレンです」
「初めまして。何もない館ですけれど、どうぞ、お上がりになって」
色素の薄い髪を揺らし、微笑む。
“スラム街の女神”と呼ばれていたそうだが、まさにだ。
「ハリード様にエレン様、お名前はシャールから聞いておりますわ。エレン様、サラ様のお姉さまでしたわね。
 私、トーマス様のご実家とゆかりがあったものですから、サラ様ともお付き合いをさせていただいていましたの」
「あ、あたしの妹がお世話になりました」
ミューズの父クレメンスはピドナ近衛隊長を務めていたが、前メッサーナ国王アルバートの急逝後に勃発した権力争いの最中、暗殺された。
それによりクラウディウス家は財産とこの館を没収され、何もかも失った彼女はピドナスラムへ移ることとなる。
「で、その大事な仕事ってのはなんなんだ?」
「内庭に小さな菜園を造るのだ」
「そうか。邪魔をしに来ちまったな」
「加勢をしに来てくれたのではないのか?」
「おいおい」
クレメンスの第一の部下であったシャールは、新たな主君ルートヴィッヒへの“疑惑”により服属を拒んだ。
結果、反逆罪に問われ、兵士の身分を剥奪され、利き腕の腱を切断する刑に処されるのである。
敬愛していたクレメンスの娘を護ること、シャールはこれを使命と捉え、ずっとミューズのそばについている。

美しき令嬢と、護衛の術戦士…

しかしその関係性は案外、(傍目には)愉快なものだった。
「シャール、私がティーを準備しますから、おふたりをゲストルームへお通しして」
「いえ、ミューズ様、私が」
「女の仕事ですわ、シャール」
ミューズは笑顔で、柔らかな口調でありながらも、ぴしゃり。
部下のシャールはこれを諫めるべき立場であるはずだが、完全に負けて、ミューズの後姿を見送るのである。
「こんなに弱いシャールは初めて見たわ」
「口答えの出来る身分ではないからな」
ミューズがトレイを持って戻ると、シャールは席を立ち、ティーポットを持ち上げようとした。
「シャール、それも私が」
「いえ、ミューズ様」
「貴方を訪ねてこられたお客様なのですから、貴方がお相手をして差し上げなくてはなりませんわ。ささ、座って」
「はい…」
顔をそむけて笑いをこらえるハリード。シャールはこれを横目で見ると、うなだれた。
ここでエレンは、ティーカップが3つしかないことに気がついた。
「ミューズ様、あたし、ミューズ様ともお話をしてみたいわ。サラがもしご迷惑をかけてたら謝らなくちゃいけないし」
「まあ…、そうおっしゃっていただけるのでしたら、よろこんで」
ミューズは、カップへ紅茶を注いでいるところだ。
その隙にとシャールがティーカップを取りに向かうのを、ふたりはにやにや顔で見送った。


クラウディウス家はトーマスの経営する会社と同盟関係にあることで、会社の成長と共に、威信と財力を取り戻したのだそうだ。この館もだ。
ルートヴィッヒとのしがらみには縁のないトーマス、彼に経営者として白羽の矢が立ったのはこれが目的の一つだったから、という話も。

立場上、ルートヴィッヒがクラウディウス家に手出しをすることは難しい。
散り散りになっていたクラウディウス家の者、あるいは親のないピドナスラムの子供たちも招き入れられ、この館で、平穏な暮らしが続いている。
そんな折に内庭の菜園造りを始めようということになったが、これを聞いて張り切るのはエレン。
「あたしたち、ちょうどいいところに来たじゃない。ね、ハリード」
「俺は初心者だぜ」
「力仕事だけやってくれればいいのよ。あたしが指示を出すから」
「はいはい」
「返事は一回!」
現在ハリードと共に旅をしているエレンは、開拓民の村・シノンの出身。
つい数年前まで実家で畑を耕す日々を送っていたわけだから、水を得た魚…、土を得たモグラ?
「シャールをよく知っておられるお方とはいえ、お客様にお手伝いをしていただくなんて」
「いいのよ!ミューズ様。おもてなししていただいたし、これがあたしの取り柄だもの」
依頼されてもいないのに腕まくりのエレン。溜息のハリードを、今度はシャールが笑う。




ミミズだとかムカデだとかが顔を出すも、意外にもミューズは平気そうな様子で作業に没頭。
男性陣はエレンの指示で力仕事を。
そしてエレンの監督のもと、小さな花畑と菜畑が出来上がった。
綺麗に整った畝。さすがプロの仕事だ。

日の傾き始める頃、ベンチに並んで座って、エレンがミューズへ農業のいろはを伝授している。
シャールが手桶と手拭いを準備してミューズのそばへ置いていたが、彼女はこれに手をつけていない。
「ここが石畳で固められていなくて、よかった」
この内庭は南向き。陽射しに目を細め、ミューズは笑顔だ。
「実は私、体が弱くて、床を離れられませんでしたの。土には雑菌や害虫が棲んでいるからと云われ、触れる機会もなくて」
「もう体は平気なの?」
「ええ、お陰さまで。土に触れてみて、なんだか、エネルギーを与えられた気さえしています」
掘り起こした土の匂いを、深呼吸で吸い込むミューズ。
たった今種子を埋めたばかりだが、もう既に緑の芽吹くのが待ち遠しい、そんな横顔をしている。


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