「どーすんのよ!?」
「どーするって云ったってなあ」
男も同じ宿へ、一昨日から部屋を取っていたそうだ。幸い違うフロアである。
現在、街・兼・潜水艇(観光向け)となっているバンガード。街の人々はハリードとエレンをよく知っている。調査即判明となろう。
「まあ…どうせ時間の問題だとは思う」
「そうだけど…」
もしふたりが聖王のごとく、人々から讃えられる存在となるとしたら?
数えきれないほどの媒体に遺されるが、まずよく見られるのが、聖王やその仲間を描いた絵画。
エレンは、油絵になった自分たちを額に入れてみて、遠い目をした。
「…やだわ…あたしどんなポーズで描かれるのかしら…」
「もちろん戦斧を持って、猛々しくウォー・クライを歌い上げる表情を」
「あんたがそのあたしに足で踏まれてる構図だったら許すわ」
ヨルド海沿岸地方のタフターン山には、魔龍公ビューネイの巣があった。
その北西に位置するロアーヌ候国が一度襲撃に遭ったのち、侯爵ミカエルが直々に巣へ突入、ビューネイは討ち破られた。
それはあっという間に世界中へ広まったが、ミカエルは聖王十二将の一人フェルディナンドの子孫である。
誰もが納得させられたし、国を護るという使命にも適うしで、侯爵という立場には大いにプラスとなる経歴だ。
既に書籍も幾つか出版されている。(ロアーヌ反乱騒ぎの一件で、ハリードも一部に載っているそうだ)
しかも容姿端麗という要素を併せ持つミカエル。ミーハーな女性ファンも世界中で急増したらしい。
一方、平民のエレン。
「あんたやミカエル様はいいけど、あたし、小麦農家で鍬を持って畑を耕してたのよ」
「小麦ブーム到来の予感」
「アホか!」
ふたりがトーマスとシャールを伴ってアビスへ向かったのは、エレンの妹サラがかくかくしかじかでそこに行ってしまったからだ。
妹を連れ帰る、個人的といえば個人的な事情。
もちろん、それで世界が平和になったそうだから喜ばしいとは思うのだが…、絵画や書籍に姿と名を残すとなると…
「お前もあれだ、輝かしい経歴としては、シノンの相撲大会で優勝
「相撲じゃない!う・で・ず・も・う!!」
エレンが畑を耕していたことや、こんな漫才のネタも収録されてしまうと想像すれば、気が滅入るばかりであった。
「おはようございます、ハリードさん、エレンさん」
「…ねえ、本当にあたしたちについて来るつもり?」
「ええ」
何だかんだで人のいいふたりは、例えば深夜にチェックアウトして逃げる…とかの手段は取らずに朝を迎えていた。
「遠回りしても構わんと云っていたが、俺たちは傭兵仕事を探さなくちゃならん。戦のないバンガードへ向かう予定はないぜ」
旅の戦士に強制的に同行すれば危険を退けることができるし、何よりこの図々しさならば逞しく生活も出来る。
ふたりはあらゆる感想を通り越して、感心すらし始めていたが。
彼の顔を覆うマスクは薄手の布で、表情筋の動きは簡単に判る。
不敵な笑み、を浮かべたのを、ふたりが黙って目に映す。
「──勿論、突然見知らぬ男が旅暮らしに加わるのには抵抗がおありでしょう。解っています。
実はここでお二人に、交換条件を提示させていただきたいのです」
ありとあらゆる種類の人間と相対してきたつもりのふたりでも、その瞳の奥深さにはたじろいだ。
「猛将トルネードと呼ばれた曲刀使い…、私が知らぬ筈がありません。
そしてバンガードを目醒めさせフォルネウスの王宮へ乗り込んだ戦士が、そのトルネードであるとも、知っています」
昨夜の漫才…もとい会議で危惧した内容が、随分と唐突に形を見せる。
「それから、世界を救った戦士というのも…」
これ以上は口にせず、聖王記読みはマスクの下で微笑った。
あ〜あ、という顔をしたふたり。
交換条件とやらの中身はもはや一つしかないからだ。
「旅への同行を諦める代わりに、話を聴かせろと?」
「はい」
ただ、旅へ同行させたとしても、どうせ聞き出すつもりである。この男の性格ならば想像がつく。
話を聴かせれば、それが詩になってしまう…という前提のもと。
観念した戦士ふたりは、あの激しい闘い(×2)について、丸一日かけて語ったのだった。
ノート二冊に渡ってメモを取り、更には五線紙のノートに音符を走らせていた聖王記読み。
『歴史は紡いでゆかねばなりません』
そう云って、幅広のバルドリック(飾り帯)に括り付けてある革のケースへフィドルを仕舞い込み、立ち去った。
出発予定だったこの日、窓の外は陽が落ちて真っ暗。
もう一泊分の金額は礼を兼ねてと聖王記読みが置いて帰ったため、そこは文句を云うべきでないだろう。
ふたりはずっと座りっぱなしだったので、彼と出逢った(遭遇した)港の側の広場へ散歩に出た。
曇り空、月光の無い夜だが、この地方の玄関口であるミュルスには深夜便の発着があるため、港は夜通し明るい。
「ハリードの云ってた通り、時間の問題だし、気にしてもしょうがないわね」
勝利を収めた闘い…とは云え、苦痛と血に塗れている記憶。
語ったことによって蘇ってしまい、エレンは横顔に陰を落としていた。
「こうなったら本でも書いて一儲けするか」
「儲けなくても、あたしはあのエレンよ、って云えば何でもタダになるわ」
「くくく」
「なにがおかしいの!?」
世話焼きなためあれこれ首を突っ込み、人助けも惜しまないが、頭を下げられることは苦手なエレンである。
これから世の中に事実が広まってゆき、エレンにとって息苦しいこともあるのかも知れない。
「面倒に巻き込まれるなら、俺が何とでもしてやる」
すると、珍しくエレンが自分から近寄って、ハリードの肩に額をつけた。
自分で発言していたが、小麦農家で鍬を持って畑を耕していたことと、ギャップは相当大きいだろう。
「タダにしろって店員を脅してたら、やめさせてね」
「俺が代わりにやろう」
笑って見上げてくるエレンの背中を抱いて、うっすら顔を出した月を目にとめた。
「お前には今のままでいて欲しい」
港の方向からの灯り、波音、木の葉の擦れるざわめき…、
ふたりの視線が結びつくと接近して、影を重ね合わせた。
〜♪〜♪
それを祝福するかのような、フィドルの音色…。
…!!
ふたりはフィドルの音色のした方へ、ものすごい勢いで振り返った。
この広場まで届き切らない灯りが微かに照らす姿…木陰に隠れて、ほとんど見えない…
…いや、その主は、こちらが姿を確認する前に声を発した。
「面倒に巻き込まれるなら、俺が何とでも…」
「ちょ、ちょっと待てっ!!」
「お前には今のままでい
「………」
聖王記読みのポエトリー・リーディングは、ハリードの掌に呼吸ごとせき止められた。
フィドルの演奏は続いた。
その演奏がたどたどしくなり、右手から弓がぽろりと落ちたのを見て、ハリードは聖王記読みを解放してやった。
「怒らないで下さい」
「………」
「たまたま居合わせてしまいましたが、何だかいいムードでしたので、出るに出られず」
絶対ウソだ!とふたりは思った。
「激しい闘いを彩るのはやはり、男女の絆、愛の囁き…ロマンシングです」
「…分かったわ…分かったから、せめて今のこいつの失言は忘れてよ、お願い」
「ふむ、考えておきましょう」
「………」
「それでは今度こそ、お二人ともお元気で」
まるで五線譜に並べた音符のように、彼の立ち居振る舞いはテンポが揺るがず、しなやかだ。
最後までこれを保った背中は、最後に大きなネタを掴んで、広場を去って行った…。
宿へ戻ってからハリードはエレンに叱られた。
『ラブソングなんて書かれちゃったらどうすんのよっ!!!』
これはじきに現実のものとなる。無念。
END
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