翌々日、話をしたいという申し出を受け、6人はヤン将軍の部屋へ。バイメイニャンも同席する。
「またお部屋を用意してもらっちゃってごめんなさい」
「構わん。好きに使ってくれ」
「あれから国の情勢は如何ですか?」
「ああ、片は付いた。ミカドの側近を新たに立てたが、今度は邪まな企てなどせぬようにと吟味してな」
和やかに雑談も交わす。東の地についての情報を得たエレンは遊びに行く気満々だ。

本題へ移るとヤン将軍は髭を触りながら、難しそうな表情で話し出した。
「ゲートの間の扉の前には連日、守衛を就かせていた。お前たちがいつ戻るのかと、日に三度覗かせていた。
 すると2人が倒れていたのを発見したその日、そこに在ったゲートの装置が跡形無く消えていたというのだ」
「ええ!?」
「ツァオガオとの戦の後、城の最上階から隠し階段を辿り、私も間違いなく装置をこの目に映したのだが」
消えた、という表現が却って理解を難しくさせる。
「将軍殿、それは一体…」
「何も無い、ただの大広間だ。勿論外からの侵入者はない。物音も聴かなかったと」
それについて分かっている人物がいるとすれば、サラか少年だが。
「サラ、何か知ってる?」
「うん」
サラは可愛らしくはにかんで返事をした。
全員の視線が集まる中、少年と2人で顔を見合わせて笑った。

「世界が丸くなったのよ」

困惑する大人たちの頭上には『?』が浮かぶ。
「えー、おっさんにも分かるように、もうちょっと詳しくお願いできんか?」
「うふふっ、ナイショ!」
何だか状況を楽しんでいるようだ。
「云えない理由でもあるの?」
「そのうち話すわ、お姉ちゃん」
愉快な想い出ではないのかも知れない、根掘り葉掘り訊かない方が良いのでは…、と大人たちが相談を始める。
それを尻目に…
「サラ、遊びに行こうよ」
「うん!」
いつの間に打ち解けたのか、サラは少年に手を取られ、駆けて出て行った。
それはきらきらと輝いて見えて、誰も引き留めることができず。
「若いってこういうことか…」
「トム、老けたわね」
「肩凝りが最近ひどくて…」



ゲートの間の装置が消えたことに加え、草原を徘徊していたモンスターの姿も数日前から見えなくなっているのだという。
しかしヤン将軍は、すべてが平穏無事に済んだのだからと、ゲートについての結論を急ぐことはしなかった。
4人とバイメイニャンは別室に移動して会議を続行。
「この世界は平面だからな。西の果てには滝があって、ありゃー落ちたら死ぬぜ」
「すごかったわね、あれ」
「それが太陽や月のように、球体になったと…」
「世界の外側では重力の概念が通用しないという説がありますよね、シャールさん」
「何それ、初めて聞いたわ。ヘンな話!」
この世界の仕組みは、実は正確な解明が成されていない。
各分野の学者、はたまた聖職者が、様々に説を唱えては対立し、戦に発展した地域も。
「平たいのを丸めても、球体にはならなさそうだけど」
「筒状だな」
「穴の中はどうなってるのかしら」
「世界が新しく創り変えられたんじゃないかな…、信じ難いけど、でも、俺たちの体の傷どころか、衣服も元通りだったろ?」
「更にその時、不必要なゲート装置は再生しなかった…ということか。到底人智の及ばぬ話だが」
「よかった、あたしの服、破けたままじゃなくって」
「それは惜しかったな」
「破壊と創造というのが、ありとあらゆるものの根源にあるとすれば…」

ここいらで何かを思ったエレンが、ハリードの隣にじわじわ移動して、こそこそ話を始めた。
「ハリード、あたしたちだけ会話の次元が違ってない?」
「のけ者だな」
トーマスは知識欲を掻き立てられている様子で、ずっと唸っていたバイメイニャンに仮説を投げかける。
それに加わるシャールとの3人を残し、会話の次元の違っているふたりは部屋から退散した。






それから5日後。
ヤン将軍をはじめ、バイメイニャン、リン、更には城の者やムング族の村の者たちまで。
西方からやって来た戦士が東の地を去るのを見送る群集で、草原が賑わっていた。

「婆さん、お別れね。寂しいわ」
「心にもないことを」
「せっかく別れ際だけはいいことを云ってやろうと思ったのに!」
既に“婆さん”呼ばわりを咎めないバイメイニャン。諦めたのか受け入れたのかは分からない。
「お前たちには大変に世話になった。本来であれば領地や身分まで与えても足らぬところを、大した礼も出来ず」
「将軍様、あたしたちがお金を払わなくちゃいけないくらいよ」
西まで、再び砂漠と河を越えて行かねばならない。ヤン将軍は必要な物をすべて準備させた。
「部屋や食事も面倒を看ていただきましたから」
「聖王のような偉業を遂げた者たちを持て成すなど、寧ろこの身に余る光栄だ」
「ファンファン、あまりおだてるな」
透き通った風もまるで群集の一部のようにして、6人の周囲を吹き抜けてゆく。
「きっとまた来るわ」
「それまで死ぬなよな、婆さん」
「当然じゃ!」
大きなことを成し遂げた、と、東の地では語られ始めている。
彼らにはそんな自覚などなく、ただ、それぞれの日常へ戻るため、帰路に就くだけだ。




休養ののちに休暇までとって、体が鈍ったと云いながらエレンは、砂漠でモンスターに遭遇するたび、瞳を輝かせた。
生き生きとして薙ぎ倒し、蒸すような暑さも砂嵐も何のその。
エレン自らモンスターを発見しては向かって行くものだから、他の5人の出る幕はほとんどない。
「お姉ちゃん、かっこいい!」
「朝飯前よ」
自慢の姉の活躍を無邪気に喜ぶサラ。恋人がするようにエレンの腕に自分の腕を絡めて、ぴたりとくっついた。
「サラ、危ないから離れてなさい」
そのサラは、エレンとの間に自分を挟んで隣を歩く、ハリードを見上げた。
「お姉ちゃんはハリードに取られちゃったもの。今だけ、お願い」
「……、あ、あのねえ…」
再会後の数日間、ふたりの様子を目に映して、サラにもそんな雰囲気は理解ができたらしい。
「ご希望なら花束を添えてお返しするぜ」
「じゃあ、カサブランカがいいわ。お姉ちゃんに似合いそう!」
「こらっ!サラ!お姉ちゃんをからかうもんじゃないわよっ」
サラはハリードの腕も取って、3人が横に連なって歩く状態に。
「お姉ちゃんも、とうとう男の人を好きになったのね」
「間違いなくお前の妹だな」
「ハリード!うるさい!」
背丈の差があってでこぼこした3人の後姿を、トーマスが感慨深げに見守っている。
「トーマス、もう泣かないだろうな?」
「大丈夫です…」
「私が胸を貸そう。それともハリードの方がいいか?」
「選べません…」
それを見ていた少年も、シャールにからかわれるトーマスの様子を面白そうにしている。

非常に騒がしく呑気な旅は、思っていたよりも早く過ぎてゆき。






全く変わった様子のない西の世界で、ピドナを目指した。
トーマスは会社社長の肩書きに舞い戻り、シャールはミューズの待つピドナスラムへ。

そして、サラは…
少年と共に、少年の過去を知るため、旅をしたいのだと…。エレンに打ち明けた。
同じ宿命を架せられた同士、だからなのか、2人は急速に親密さを増していたが。
少しだけ、寂しさを覚えてしまう。
旅立ちを決意したサラは、今度こそ本当に自分の手を離れて行く、そんな気がして。


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