再び前にしたワープゲート。
アラケスの亡骸は見当たらない。配下の者が運び去ったのだろうか。
残る4つ。そのうちの1つのゲートに乗り、空間転移をした先は…。
赤々と煮えたぎる溶岩。
ここが魔貴族の居場所だとすれば、この灼熱地獄を好んで身を置く者。
奥の部屋には、炎柱があった。
轟音を立て、燃え盛る。
「魔炎長アウナス…、巨大な炎の柱の形をしている…」
トーマスが誰に向けるでもなく、書物に記された一文を呟いた、いや、云い当てた…とするのが正しい。
『人間たちよ、何の用だ?』
炎柱が言葉を発する。年老いた男の声だ。
「人間の少女を連れ戻しにきた。居場所を知っているのなら教えてはくれないか」
トーマスが、まずはそんな呼びかけを試みる。
『この世の宿命を乱すならば、何もかもが無に還ることとなろう』
それぞれが武器を取る。魔貴族にとって、サラの存在は必要なのか?排除せんとしているのか?
彼らの考えはこちらに解らないのだから、闘う以外の選択肢は考慮に入れるべきでないが。
「問いに答えてくれ」
トーマスは1人、槍を背中の装具に填めたまま向き合った。
『宿命たる所以が解らぬか?背くことなど赦されぬ』
300年に一度起こる死食、その年に誕生した生命はすべて失われてしまう。
そんなさなか、ただ一つ生きることを赦される生命があり…
それが今、二つ存在していることを、ここにいる人間たちは知っているが。
「貴方が数百年の時を永らえていることは知っている。敬意をあらわしたいところだが、問いに答えずものを語るなど愚者のすることだ」
サラを連れ帰ること、それだけだ。エレンともそう誓った。
「人間の少女の居場所を聞いている」
『宿命の子は宿命を知り、宿命に従う』
冷静でいなくてはならない、しかし、苛立ちがトーマスの表情を歪めた。
「居場所は知らないということか。それならそう答えてくれ」
遅れて槍を手にした。
炎柱が、形を変え始めた。
『定めじゃ…』
魔炎長アウナス。
炎の鎧を身に着けた、小柄な、青ざめた老人の姿を取った。
黒い刃をした鎌を携える。
トーマスは月術の召喚呪文と共に右腕を高く掲げた。現れた精霊は、噴き上げる溶岩に熱せられた空気を、一瞬にして凍てつかせるほどの冷気を纏う。
「サラを見殺しにすることが定めだと?笑わせるな!!」
振り下ろした右腕に命じられ、精霊が口から猛烈な吹雪を吐き出した。
吹雪と云っても魔力によるもの。標的を突き刺さんと、氷の粒に変化して炎を目掛ける。
しかしアウナスが両腕を広げると炎の鎧が大きく燃え上がり、吹雪と衝突。相殺されてしまい、広間の高温が舞い戻る。
アウナスが掌に浮かべた火の玉は標的に呼応し、5つ。
『死の定めに甘んじよ』
シャールが一歩前へ、そして炎の防御壁を打ち立て、火の玉を呑み込んだ。
「ゴチャゴチャうるさいわね!」
まずはハリードとエレンが同時に斬りかかった。
しかし炎が刃を包んだかと思うと武器を空振る。形状の通り、物理攻撃を直に受け止めるだけの鎧ではないようだ。
シャールが走った。
走りながら術の詠唱を終えると、彼の体を朱いヴェールが包み込む。猛進した勢いそのまま槍が突き出される。
炎の触手がまた回避をしようと伸びたのだが、眩い光が生まれて、シャールが纏ったヴェールと同時に消えた。
三叉槍が肩口を貫く。
すると炎の鎧は再び、爆発的に燃え上がった。
先ほどよりも威力が大きく、抵抗を試みた2人の術士の力を遥かに上回る。
これも魔力を源とする炎であり、木や布を燃やすそれとは違う性質を持つが、真に体を焼かれたような衝撃に、5人とも手を膝をついた。
2人の術士は回復に手を取られる。
そうする間に3人が直接攻撃を。
ただ、炎の鎧は相変わらず、物理攻撃のほとんどを受け流してしまう。
炎の攻撃は、シャールとトーマスがそれぞれ、術で相殺させ、または打ち消して凌ぐしかない。
「術を覚えてきたほうが良かったのかしら!」
「無いよりはましだったのかもな」
アウナスが黒い鎌をひと振りすると、放たれた炎は、シャールが打ち立てた炎の壁を破る。
炎はシャールの左腕を包んだばかりか、攻撃のためその後方に接近していた少年の脇腹を深々と、切り裂いた。
「!!!」
「…がは…ぁ…ッ」
シャールは攻撃の手と自身の肉体のことを投げうって、倒れて身動きをしない少年に、防御術を施しつつ駆け戻る。
その背中に追撃ちが。
トーマスが術で対抗を試みたのは判ったが、やはり…。
鎧が熔けて欠け落ちるほどのもので、纏った衣服も朱く燃えて散った。
「シャールさん!!」
「私に構うな!」
真赤に濡れたシャールの背中と左腕とが、溶岩の輝きに照らし出される。
それでも彼は回復の魔力を掌に集め、少年に翳した。
炎の鎧がまたも燃え上がろうとするが、トーマスが降らせた水の飛礫に、炎は打ち落とされた。
僅かに生まれた炎の隙間へ、トーマスが槍を突き込む。
穂先は胴体を捉えるが、槍の柄を伝った炎が逆襲に出た。
シャールと同様、玄武術の力を纏って防御膜を作っていたが、じりじりと肉体を灼かれる。
「……っ」
『聖王の真似事か?』
「老いぼれが…よく喋るな…」
背後からハリードとエレンが加勢に。炎が止んだ隙にそれぞれ飛び込み、攻撃を当てた。
その機にトーマスは術の出力を上げ、2人を少年の二の舞にさせぬよう、炎を掻き消した。
ところが…
「!?」
アウナスの掌から発せられた光がトーマスを捕らえる。
遣っている玄武術の源である魔力が逆流、体内に戻ってくるのである。
『死を…』
黒い鎌が放った炎は、何にも妨げられないまま、エレンを標的に。
右の肩から腕、胸までを炎が包んで、声も無く倒れ込むエレン。ハリードが立ち塞がる。
「エレンを頼む」
「ああ」
裂傷と、火傷。
それらを避けて半身を抱き上げたトーマスの腕が、流れ落ちる血に濡れた。
血飛沫に染まっているエレンの顔。
右手は、戦斧を手放そうとしない。
「…うぅ…っ、」
「エレン…」
回復術を遣い、苦しげな呼吸が落ち着くまで、魔力を注いだ。
怒りを収めようというだけで精一杯だ。
宿命を語る魔貴族。
サラの思惑までも代弁しようという言葉が、トーマスの中で爪を立てる。
ずっと、アウナスの術攻撃を見定めようと、眼を見開いて追っていた。
隙がないわけではない。しかしそれは、こちらの手数を僅かだけ上回るよう攻撃を仕掛けているためだ。
宿命を語るいとまを作る意図が見える。
ただただいたずらに、何にもならない時を消費させられた。
トーマスに決断を下させるのは、破壊的な衝動。
再び、月術によって精霊を召喚する。
ハリードが鎌と曲刀を交え立ち向かっている、その隙に委ね、精霊に向けて意識を解放した。
主の肉体の領域の半分を、精霊に貸し与える。召喚の術法に於ける禁じ手である。
氷の温度が降りてくる感覚。
青白い光が、体を取り巻いてゆく。
アウナスの炎の力が、いよいよハリードに向けても放たれた。
シャールが防御術を遣うが、自身の負った傷と、少年の回復のために魔力を注いだこともあり、術力は弱っている。
…まだ、あと少しの時間がかかる。
ハリードが火炎に灼かれてしまうのを、黙って眼に映す羽目になる。
しかし、それが最後だ。
トーマスの左眼が、青白い氷の色に変化した。
穂先に念じ、槍を振り下ろす。
氷のダートが飛び、避けようとしたアウナスを追尾、体を切りつけた。
鎧が大きくひび割れ、炎が弱まる。
『…ぬおお、』
アウナスは小さな火の塊を落とし始めた。
そこへトーマスが直接、冷気を帯びた体をぶつける。
『宿命と共存をすることで、人間どもは生き永らえておるのだぞ…』
既にその鎧が防御効果を発揮することは不可能であると、明らかだ。
「御託ばかりを並べて何になる!!!!!」
冷気を纏う槍が胸部を刺し、奥深くへ侵入した。
肉体に宿った精霊の力は、彼の持つ魔力で更に増幅されている状態だ。
体内に突き刺さる穂先から、破裂するようにしてそのエネルギーが溢れ出た。
アウナスが炎もろとも凍りつき、そして、ダイヤモンドダストの如くに、粉々に砕け散った。
精霊が頭上へ抜けて消えたのが判った。
それと共に脱力感と眩暈に襲われ、トーマスは膝から崩れた。
しかし意識は割に正常で、すぐに身を起こすことができた。無事に憑依を解除したらしい。
「トム!!」
先程の傷は完全には癒してやれなかったが、背中を支えにきてくれたエレン。
袖口で、自らの血を浴びた彼女の頬を拭ってやる。
「頭は冴えてるんだけど、体がしばらくは云うことを聞かなさそうだ」
「…そ、そう?」
あっけらかんとした笑顔に、エレンには驚きが勝っている様子。
「トーマス、随分と危険な賭けに出たな」
そんな言葉をかけたシャールは術士として、トーマスが選んだ手段を知っていた。
「俺の人生最初で最後の博打です。賭事は嫌いですから」
「なに??」
「精霊を自分に乗り移らせたのさ」
それに続いたシャールの解説は、エレンの驚きを上乗せすることとなる。
「一つ誤れば、肉体と意識とを乗っ取られるか、あるいは精霊の力を操作しきれない場合、その力が暴発し、肉体を八つ裂きにしてしまう」
「えぇっ!?」
トーマスは相変わらず笑っている。
幼馴染みで、性格もよく把握しているつもりだ。彼ならば堅実な手段を選ぶはずだ、と思っていたけれど…。
「君に負けてもいられないからね」
「…もう、トムってば」
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