槍を風車のように振り回す。単純な動作に見えても距離や間合は計算尽くで、いとも簡単にハリードの左肩を裂いた。
エレンが間を置かず戦斧で斬りかかるも…、
「!!?」
その装備の大きさからは予測のできなかった、俊敏な次の一手。
「女が戦場に踏み入るな!!」
「──……っっ!!!」
籠手で容赦なく殴打され、吹き飛ぶ。
「エレン!!!」
アラケスの槍の先端が輝いたかと思うと、倒れ込んだエレンに向かって振り下ろされ、衝撃波を放った。
駆けつけた少年の剣が弾き返す。
ハリードが低い位置から曲刀を振るった。
受け止めた籠手の接続部をシャールが石突で打ち据えると、微かにアラケスが打ち負け体を傾ける。
「ぬう!」
それでも身を翻しトーマスの刺突攻撃を回避。
籠手を踏み台に曲刀がアラケスに接近するが、剣を抜いた左腕を斬らせて致命打を退けた。
その剣が薙ぎ払われ、ハリードの鎧を叩く。
「エレンさん…」
「…平気、戦えるわ…」
あの巨大な籠手。肩から腹まで広範囲に打撃を受けた。
鎧を着ているが、却って鎧ごと打たれ、胸の上に、鎧の縁が裂傷を作っている。
戦斧を取り、少年の肩を借りて、力の籠もらない体を起こした。
「うぅ……っ」
が、いざ立ち上がろうとすると、体の奥が悲鳴をあげた。苦しげな呼吸は不規則だ。
咳き込んで胃液を吐いた。
その様子を見て少年はエレンを制止させる。
「どこかで見た顔だな!」
「くっ…」
槍を掴み取られてしまったトーマスの脳が、武器を手放すかどうかに迷った瞬間、1秒に満たない程の間を作った。
このアラケスは粗暴な風に見えるがやはり、一切の抜かりがない。
体勢を崩されたトーマスと、そこへ術を放ったシャール。
「う…ぐ、ああああああああッ!!!!!」
自らも防ぎ切れぬ攻撃に血を滴らせるアラケスであるが、表情には、笑みが注がれていた。
シャールの掌から放たれた空気の刃にはブロンドの髪を切らせただけで、彼はまんまと、剣をトーマスの肩へ突き立てたのだ。
少年が駆け出し、トーマスの血に染まる刃と剣を交わす。
「宿命の子よ!お前は魔王と同じ力を持っている!」
「それがなんだ!!」
「人間どもが忌み嫌う闇の力をだ!!」
華奢な少年が力負けをしていることは、当人たちにも他の4人にも明らかだ。
しかしアラケスは敢えて手を緩めながら、口先で揺さぶった。
「それを利用して人間どもを下僕とする目当てならば、お前を悪いようにはしないぞ!どうだ!」
刃と刃が擦れる。
刃こぼれが噛み合った。
「…僕は、魔王のようにはならない!!!!」
怒りか、戸惑いか、哀しみか…、
少年の立ち回りを妨げた感情のひび。
「!!」
弾かれた剣に腕を振られ、大きな隙を作った。
そこに突き刺さろうとしたアラケスの剣は、水の盾…玄武術が跳ね返した。
「く……」
辛うじて片膝をつく姿勢のトーマス。続けて回復術呪文を詠唱した。5人に無数の光点が集まる。
体温よりも少し高い程度の熱を帯びたそれは、皮膚に融け入るようにして消え、傷を癒した。
「すまない、気休めだ…」
彼自身の肩の深手にとっては間に合わせにもならず、まして術法は、使う者の精神力を擦り減らす。
「う…、 ……!」
黒曜石の床に血溜まりを作るトーマスが、息を呑んだだけの一瞬。
シャールの放った火炎弾が、トーマスの命に狙いを定めた穂先を、遮断する壁となった。
更にその炎が槍の柄を這い上がり、アラケスに牙を剥こうとする。
「手緩いわ!」
槍を一振りしただけで術を払った。
右腕の巨大な籠手は、重量による破壊力をもち、防御にも効果を発揮する。
かといって何もつけない左腕にも頭の大きさほどの厚い筋肉が纏い、敏捷性と物理攻撃への耐性を併せ持たせている。
両脚は、地面に根差す大木のように床をとらえ、揺らがない。
それはまるで、5人の前へ立ちはだかる壁のようでもあった。
少年がトーマスの前に立ち塞がり、シャールは回復術を施す。
半ば強引に、アラケスの懐へハリードが飛びかかった。
打ち合い、互いが首を狙い…
殴り飛ばされたまま1人、離れた場所にいたエレン。助け起こしに来てくれた少年は、動かないでと云い残して行った。
(骨に…ひびでも入ったわね…)
まるで違う生き物のように、磨かれた黒曜石の床を這っている。
鈍く重い痛みと、鎧の下の腫れによる圧迫感。
まともに立ち回れる状態ではないと、判っている。
それでも、ただ、剣の衝突音の方向へ。
「…うぅ…っ」
立ち上がること、呼吸すらままならない。
腕を突っ張り半身を起こそうと試みるが、肘から崩れ落ちた。
「!!!」
身を支えるため反射的に胴体に力が入ると、電撃のような痛みが走る。
「ひぐ…、ぅ」
顔を上げ、眩む視界に捉えた、ハリードの右腕。人々が美しいと讃える曲刀の舞。
それが劣勢にあるのだから尚更、体を引きずってでも、彼のもとへ…
「……、やめ…」
アラケスの槍が、エレンの願いを打ち抜いた。
「…ハリード…っ」
首を外れたが、その首の付け根に突き立つ、槍。
曲刀が空を切ったのと同時だった。
「……っ、」
この眺めこそが無上の悦びだ、アラケスはそんな眼をして。
「…がぁぁッ!!!」
更に奥へと貫いてから、一気に抜き去った。
倒れ込もうとしたハリードの躯を、蹴り飛ばした。
どくどくと、鼓動が胸の内側を叩く。指先が震える。
光景が、絵画の如くに平面に見えた。
(…どうして…、こんな、)
真先に喰って掛かって、真先にやられて、それ以降はただ傍観しているだけ…
(あたし…、何も…)
地に臥して、…カムシーンを手離さない。立ち上がろうと腕をつくハリード。
アラケスはシャールを相手にしながら、戦いへの昂りを、無尽蔵とも思える体力に載せる。
(これで、サラを救えるの?)
握り締めた戦斧の柄。
何の役にも立っていない武器。
トーマス目掛けて穂先から放たれた衝撃波を少年が刃で受けるが、腕を切り裂かれる。
それでも少年は、深手の苦痛に甘んじていなければならない2人の盾として、その場を動かない。
(…なにも…できない…)
自分の血溜まりの上に涙が落ちた。
痛覚よりも悔しさが肉体を軋ませる。
戦において正気を失った戦士はろくな結末にならないと、戦場で数々目撃してきたハリードが、幾度か話して聞かせてくれた。
肺の底まで空気を取り入れてみて、その時手が空いているのなら、瞼を伏せて、瞑想の真似事をしてみてもいい。
お前は直情型で、すぐに突っ走るから…と。
焦るあまりに暴れ出しそうな自分を、ゆっくりと呼吸をして、鎮めた。
そして、視界を閉ざし、念じた。
体の奥底、熱い何かがたぎる…
まだ、戦える。
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