デザートローズ II

「約束…の前に、宿題があっただろ」

昨夜と同じように暑い夜。窓を薄く開いていても風は吹き込んではくれない。
「…うん」
入浴を済ませ、バスローブだけ羽織って、濡れた髪のままでベッドルームへやってきた。
待ち構えていたハリードに、ベッドの隣へ迎え入れられた。
頬に添えられた温かい手に、寄り添うように首をかしげ、エレンは微笑った。
「平気よ。昨日の考え事は、忘れたわ」
ハリードが腕を伸ばし、窓を閉める。
「……、ランプは、消して」
「あとでな」
この宿の客室に備え付けてあるランプは大型で、室内をこうこうと照らす。
ふたりの影が重なるのを壁に焼き付ける。



長いキスのあと、両肩をベッドへ押しつけると、不満そうな顔がハリードを見た。
「ランプ、消してってば」
「あとでって云ったろ」
「ぜったい消さないでしょ!」
バスローブに手をかけるが、両腕で阻まれる。
ここで脚を使われてしまえば(つまり、蹴り飛ばされるような事態となれば)どうにもならないが、いくらなんでもそんなそぶりはない。
その両腕を、両手で掴んではりつけにしたならば、ハリードは口を使った。
「!!」
犬が餌を食うような挙動となってしまうも、エレンは固く目を瞑って顔をそむけているから、好都合だ。
「…ばか…っ」
バスローブは薄手で、はじめから形の良さが浮き出てはいたが…
それを咥えて剥ぎ取ってみれば、普段は日に当たらぬ白い肌が、ハリードの目を奪う。
昨夜はすべて真っ暗な中での出来事だったものだから。
「観念しろ」
捕まえていた手首を解放してやると、もう抵抗をしないようだから、その手でふくらみに触れた。
張りはあっても、肌の滑らかさのせいで掌に吸いつくようだ。
「ばか…」
「馬鹿だよ」
「ん…」
エレンは顔をそむけたまま、今度は目元も手で覆い隠してしまう。
「エレン」
「っ!」
胸の先端の、血色の強いその部分を舌のざらつきで撫でた。
拒絶というよりは反射的に、両腕が抵抗をしようと動くのだが、ハリードはまた両手首を捕らえる。
「…っ、…ぁ」
舌と唇とで突起を嬲られると、刺激が腰の奥に直結することが耐えがたく、身を捩る。


緊張を捨てきれないでいたエレンが四肢を投げ出すようになったころ。
半端にはだけたバスローブの帯を男の手がほどいた。
腰を撫でた指先が、その下へと辿ってゆく。
今度はどこへ触れようというのか、エレンにでもそれは分かることだ。
ただし、自分でもまともに触れたことはない。縋るようにして、男の背中へ腕を回し、力をこめる。
「ハリード…」
「よしよし」
すでに、柔らかな粘膜か、指に絡む愛液なのか、が判別できないような状態。
エレン自身も、触れられることでそれを自覚した。
「こんなに…、あたし…」
「嫌か?」
「…はずかしい…」
指に導かれてあふれた分を、まずは入口に塗りたくるように。
粘膜の部分を撫でられるたび腰が動いてしまうのを、抑制することはできない。

承諾もなく侵入したのは、エレンにとって何とも表現しがたい、初めての感覚。
ごつごつした指が、するりと抜けて、また割って入って、
これを繰り返されるとまた、別の感覚がやってくる。
腰の奥…その臓器のある場所が、熱をもち、甘くしびれていくような。
「あ、あ…っ」
自分の意思と無関係にそこが収縮して、ハリードの指を縛った。
抜き去られてほしくない、という反応のようにエレンは考えてしまって、それが更に、感度を良くさせる。
構わず抜き差しを続ける指は、濡れた音を立てながら、収縮をしても割り入ってくる。
呼吸の密度が上がってゆく。
「…はぁっ、あ、」
声の色が刻々と塗り替わり、いよいよ、というところまで…
「あ、……っっ!!」
そうなってしまうとハリードが中断をすることは難しく、結局、ひとつの終わりが迎えられた。







「…ハリード」
「ん?」
「あたしのこと、好き?」
ふたりとも身に着けたものをすべて取って、少しの間、触れるだけのキスを交わしていた。
この女性が絶対に発しないような台詞が飛び出して、ハリードが面食らう。
「なんだ、急に」
「あまり、云ってくれないもの」
愛を囁くことはあまり得手でない。簡単な返答で済ませてやりたくはないが、真剣に返答するには気構えをしたい…
既に覆い被さる体勢でいるところでそのような悩みは抱えたくはなく、応じないままでエレンの脚を開かせた。
「お前もだろ?」
中心へ、先端をあてがう。
「あ、待って…」
「ただでさえ夜が待ち遠しかったのに、ここへきて尋問の時間をとられちゃ、たまらん」
「………」


動物の内臓を加工したものが、ふたりの粘膜が直に触れるのを妨げる。
婚姻関係にない彼女を身ごもらせてしまうことの深刻さは充分過ぎるほど理解しているが、
これが無ければ…という本音は、エレンを組み敷く体勢になってみると、情けないほど強く自覚する。

先端だけ潜り込むのは容易だ。
が、そこから先にひと山あり、行き止まると、エレンが顔を顰めた。
「悪い」
声を詰まらせながら、首を横に振り、短い呼気を吐く。
できれば体の力を抜いてもらいたいが、難しそうだ。
高揚よりも、どちらかといえば恐怖に近いような拍動が、ハリードの胸を内側から叩いた。


腰を強く押しつけた。
クッ、と何かを引っかけたような感触を通り過ぎた瞬間、エレンの体が跳ねる。

焦りをどうにか収め、ゆっくりと奥へ。
身をふるわせるのをなだめながら、熱を突き刺してゆく。
「はぁ…ぁ、」
切なそうな声が訴えるのは、痛みなのだろうか、
それとも、


幸い、この宿のベッドはしっかりした造りのようだ。
いつだったかは覚えていないが、宿の隣室で愛を確かめる行為が行われ、ベッドの軋む音に悩まされたことがあった。
没頭していられるよう、余計な心配事はない方がいい。
「や、…っ、そこ、…」
刺激の大きい箇所を突かれ、それを訴えた。
「…ここか?」
「あっ、あ、」
「覚えないとな」
どんなに身を捩ってみても逃れられない、腰の奥の存在感。
ゆるやかな波が何度かやってきて、内部が収縮するたび、彼はそれを味わうかのように抜き差しに緩急をつけた。
もどかしさに腰を浮かせる。
「エレン」
ハリードの手が、顎を強引に正面へ向かわせる。あえぐ唇の隙間に舌を捩じ込んだ。
それが今のこの肉体を繋ぐ行為とよく似ていて、エレンを乱す。
雑に束ねただけの彼の長い黒髪を、抱いて引き寄せ、深い口づけに溺れる。

「…っだめ、もう…」
はじめは余裕もあり、気遣っていたつもりでいたのだけれど、途中で忘れ去ってしまったらしく、
気づけば容赦のない突き込み方をしていて、そのたびエレンが嬌声をあげた。
「…はっ、」
「どうにか、なっ…ちゃ、ぁ、」
エレンの手が、自分の臍の下を押さえるようにしているのを、ふと気にした。
そこへ手を重ねてみる。
彼女の中にあるものを動かすのが伝わってくる奇妙さに、別物の快感が背筋を這いあがる。
「く……」
「ハリード…」




エレンが一度、達してしまった。
さすがにハリードは動くのをやめ、体を抱いて、髪にキスをしていた。
「…エレン、もう少し…」
消すの消さないのと揉めたランプは、オイルの量が充分にあるため、ずっとふたりの横で、炎を揺らしている。
これに照らされながら目が合って、互いの瞳をじっと見つめた。
エレンは胸や肩を大きく上下させながら荒い呼吸を繰り返す。

自分の体、自分を抱いている男の体に、どのような変化が起きるのか、起きているのか、理解しているだろうか。
そんなことを植え付ける罪悪感と、支配欲は紙一重だ。
「………」
「お前の中で果てたい」


ためらい続けた数年間を埋めるように、熱を貪った。

エレンが何度目かにのぼりつめて、そのあとに、ハリードも果てた。









「気持ち悪い」
エレンの嘆きに、ハリードが笑った。
たっぷり汗を吸ったシーツと枕。このまま眠るのに抵抗を感じるほどだ。
「お前の寝室へ行こう」
…と、いうことになり、衣服を身に着けたらランプを持って、ハリードの寝室を出る。

流し場で水を飲んだあと、窓を開けてみた。
相変わらず無風で、特に快適ということはない。諦めたエレンによって窓はすぐ閉められてしまう。
窓枠には鉄製の格子が設置されている。しかし武人であるふたりの危機意識は施錠せず眠ることを許さないのである。
「暑いなぁ」
「よりによってこんな季節でなくても、か」
「…それは別に、いいけど」
ランプを持ち上げ、壁掛け時計を照らすと、もうじき0時。
ただし、愛を交わす行為の直後、まだ醒めない熱があって、ベッドへ横になってもしばらくは眠りに就くことができない。


エレンは昨夜の自分が思い悩んだ内容を、振り払えずにいた。
ということは、忘れたと告げたのは、嘘になる。
「…好きな人のことを考えるのが、苦しいときがあるの。どうしてか、わからない…」
ハリードはというと、嘘だということには気づいていた。
それでいながら行為の途中からは、ただ欲望に突き動かされ、エレンに痛みと記憶を刻み付けた。
今夜の出来事があって、これから彼女の心はどんな方向へ傾くだろうかと、頭の隅に、不安は居ついている。
どうやら、互いに似たようなものだ。
エレンの髪を撫で、微笑った。
「そんなものじゃないか。人間の頭ってのは」
「説得力がありそうでないわね。いつもそうだけど」
瞳と瞳をぶつけたら、その距離を詰めて、キスをする。

「…好きだよ」
ふたりの人間のあいだにズレが生じたら、埋め合わせを。
「あたしも、好き…」
そんなことを繰り返して、そのうち、忘れて笑う。









夜が明けたが、カーテンが厚手であるおかげでふたりはまだ眠りの中に。
「お客さん、お客さん」
声と、ドアをノックする音に起こされた。
「なんだ?」
「お休みのところでしたか、失礼を。実は本日、昼過ぎより台風がやってくるそうでして、雨戸を閉めていただきたく…」

宿の主人の指示通りにしておけば、やがて、びゅうびゅうと風が鳴り始める。
涼風の恩恵を受ける隙も与えられず、無風の翌朝に暴風とは極端なものである。今晩も寝苦しそうだ。
「これじゃ出発できないわね」
「どうする?今夜…」
3箇所の雨戸を閉めたらまたベッドへ戻り、脚を投げ出して座っていた。甘い声がエレンの耳朶をかすめる。
背後からすり寄り、腰を撫でる手。
エレンがその表情を見る限り、半分はジョークで、半分は…。
思えば彼は前日の朝にもこうして迫ってきた。それが可笑しく、エレンは含み笑いだ。
「昨日の今日でお腹が痛いの。だめ」
「………」
「ふふっ、その顔!あははは!」
「シャレにならんぞ…」
いやらしい手つきだった男の掌は、そこから前へ回って、エレンの下腹部をさする。
当のエレンはくすくすと笑っているが…。
「お前のその本来の性格を2日間、忘れていたな」
「忘れるほうが悪いわ」
一緒になって笑って、客室へ朝食が届くまで、何をするでもなく過ごした。

『今夜』どうしたかというと、ハリードの本来の性格では、腹が痛むというエレンを抱くことなど、できるはずもなかった。



END

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