applejack diamond

「どうしよう、太っちゃう!」
新鮮なミルクで作ったというバニラアイスクリームを頬張りながらの発言である。
トッピングはコーヒーフレーバーのチョコチップ。カルーアがけとどちらにするか悩んだ結果のチョイスだ。
甘さとほろ苦さがよく合ってとても美味しいのだが、酒の風味があればまた違う味わいなのだろうという想像もしながら、エレンはスプーンを進めた。
向かいに座るハリードの前にはコーヒーが1杯。コーヒー豆が特産品なのだ。
「一週間滞在して、何キロ太るか見てみるか」
「夜中にこっそり走り込んでキープしてみせるわ!」
朝はごく普通の宿の朝食であったが、昼時から街を散策していると、エレンを誘惑する品の数々…。
昼食はこの地の名物料理のプレート。肉、魚、野菜、米をバランスよくいただいた。
その後、この地でしか採れないという真っ赤な果肉のフルーツを食べ、アイスクリームは2品目のおやつだった。

長い旅の合間、観光地と名の付く場所を訪れることは少なくない。
特にこの地は観光客を呼び寄せることに力を入れている雰囲気。
食べ物は充実しているし、カヌーで川下りができます!と呼び込みをする声の中、人力車を引く男性が行き交う。
高台には古城がそびえ、美術館として門を開いている。
「いい身分よね、あたしたち」
「仕事がきついからな。いいだろう」
今のところ、傭兵という身分で生計を立てている。
傭兵稼業は賃金が高い。それを銀行に蓄えてあるので、ふらりと観光地へ立ち寄っても、それなりに満喫することができる。



せっかくだから、ということで、カヌーで川下りをすることに。
幅の広い、流れの緩やかな川だ。
「いい身分よね、あたしたち」
「さっきも聞いたな」
簡単にオールの漕ぎ方のレクチャーを受け、乗り込んだ。
この地がこうして観光に力を入れることができるのは、この穏やかな気候が根拠に違いない。
空気はからりと乾いているけれど、暑くも寒くもなく、休暇にはぴったりだ。
また、いかにも金持ちが暮らして、あるいは別荘としていそうな住宅地もところどころに見られる。
「ここに住んで、死ぬまで遊んで暮らせるお金があったら、もう何も心配はいらないんでしょうね」
「穏やかな気候、物がたくさん入ってくる、治安もいいと」
「それこそ太っちゃうわ」
ふたりともオールの漕ぎ方を体で覚えるのが早く、のんびりと流れる風景を眺めていると、若い男女の乗ったカヌーを追い越した。
上手く漕げない様子でわあわあと騒いでいるが、それがまた楽しいようで、笑顔だ。
また、一人でカヌーに乗り、スケッチをしている男性も。
「ま、お前には退屈だろ」
「3ヵ月も耐えられたら褒めてもらいたいわね」
これほど栄えた地ならば、用水路に排水が垂れ流され、川が濁っているのがお決まりだが、川の水は比較的、綺麗な方。
観光に力を入れるため、都市機能の整備に、相当な努力をしたことが窺える。


ひと月ほど前だったろうか。訪れた街は、とても寂れた雰囲気だった。
傭兵募集の貼り紙を見つけ、まずは情報収集をした。いくらこのふたりでも命を落としかねないほど不利な側には付きたくはないのだ。
聞き込みをしたところ、戦ばかりで経済が疲弊しているのだという。
街の武具屋に、更に詳しい話を求めた。規模は大きくはないが品数は豊富な店だった。
お上の者が武具調達をということで、まずは武具工房の在庫をごっそり買い付ける。
それが尽きればお次はフォークやナイフまで、金属製品をほとんど巻き上げてしまったのだそう。
この工房に限っては、国からの武具製造の依頼をいただいたお陰で職人も増え、繁盛しているということだったが。
戦を繰り返しているのに街が寂れて行くのなら、軍は恐らく敗戦続きだ。この街に傭兵仕事を求めることは断念したのだった。


「あたしたちは戦で報酬をもらうけど、本当は、戦なんて起こらないほうがいいのよね」
「そこを追求しだすと迷宮入りするぜ」
「うん…」
乱暴な云い方をすれば、人々が戦をするおかげで、ふたりの旅暮らしも成り立っているわけで…。
「国が軍事力を高めることは、国威を示すことにもなる。極端な話だが、強いことが知れ渡ればよそが立ち向かってこなくなる」
軍に属し、戦で故郷を失ったハリード。
世界情勢もよく掴んでいる男で、エレンの不安を拭う言葉ならたくさん持ちあわせている。
「ゴブリン軍なんてのもいるだろう。あいつらは宝石と食い物、人間の造った丈夫な住処が欲しいだけだ。民衆を守るためにも、戦は起こる」
「ミカエル様は、そうやってあたしの村を護ってくれてるものね」
「そういうことだ」
オールを握りなおして、エレンは笑った。



川下りの終着点で、夕陽が落ちてゆく頃合いにさしかかった。
他の客と一緒になって、川面に映り込む美しい夕焼けを眺めた。

それからまた街を散策。土産物を売る店だけでも数えきれない。
「さっき食べたおやつを消化しなくちゃ」
「そろそろ夕食だぞ」
エレンは腕組みで真面目に考え始めた。
「じゃあ、パブでお酒と軽食にする?」
「俺はいいが、お前は夜中に腹が減るんじゃないか」
「ガマンするわ!」
そんなエレンを笑いながら、パブの並ぶ通りへ。店選びは酒好きのハリードに一任された。
ふたりともあまり敷居の高い店は好まず、それなりに賑やかな店に決定。
オーダーする酒もハリードのセレクトだ。

他の客のオーダーが落ち着いたのを見計らい、カウンター席で、マスターに声をかけた。
「この街、楽しくていいところね。何日でもいられそう」
「私も働き甲斐があるよ。客商売が好きでね、5年ほど前にここへ移住してきたんだ」
「色んなお客さんと会えるものね」
「お二人は出身地が違うのかな?」
「そうよ。たまたま知り合って、旅をしてるの」
「おっ!私が一番好きなお客さんだ」
客商売が好きと自称しただけあって、マスターの方からあれこれと話をふってくれる。
旅人の話を聞くことが一番の楽しみなのだそうだ。ふたりもこれに応え、旅のエピソードを選りすぐって披露した。
興味津々で聞いてくださるものだから、ふたりの口も滑らかになる。
「いやあ、私も若いころに旅をしてみれば良かったなあ」
ひと通り盛り上がると、オーダーをした他の客のもとへ。そのまま、その客と話を始めたマスターだった。

味の濃いドライフルーツをつまみながら、エレンは上機嫌そう。
「ねえ、ハリード。あたしたちも、いつまでも傭兵仕事はできないじゃない?」
「まあな」
「引退したら、パブでもやる?」
エレンも、旅先での人との出逢いを楽しめるような性格だ。マスターと接してみて、感化されたらしい?
「お酒はハリードが仕入れてくれるし。お店の名前はどうしようかなぁ」
甘い味の酒を好むエレン。名物のカルーアミルクはもちろん、ハリードが選んでくれたリンゴのブランデーのカクテルもお気に入りで、すっかり妄想モード。
「お前が料理の修行をしてからだぞ」
「おつまみくらいだったら、やってみるわ」
「本当だな?」
飲食店の経営は難しい。ハリードはさすがに本気で考えてはいないが、上機嫌なエレンの横顔に負けて、付き合ってやる。
「中古の物件を買うにしても、経営に失敗した店の跡地となると不安があるな。かといって新築にコストをかけるのも博打だ」
「それじゃ、若くてかわいい店員さんを雇おうかしら」
「別の種類の店だろ、そりゃ」
一緒になって笑って、顔を見合った。
カヌーの上で交わした会話のことは、エレンの瞳から影ごと消えて、どこかへ飛んでいった。
これを確認したハリードは、その髪を撫でた。
エレンが照れくさそうに視線を伏せて、ドライフルーツの最後の一粒を口に入れるのを、
じっと見つめて、言葉を待った。
「パブじゃなくてもいいけど、いつか傭兵をやめて、旅もやめたら、…それでも、一緒にいられたらいいな」




観光地は朝から晩まで華やかで、夜道を警戒して歩く必要はまったくない。
ほろ酔いのエレンは結局、宿への帰り道、ワッフルを買っていた。
「ガマンできなかったなぁ…おいしい…」
「お前は色気がないからな。多少、肉づきが良くなった方が」
「エロオヤジ!!」
正八面体の、『ダイヤの形のランタン』が人気の土産なのだという。
そのランタンが照らす夜道を、ふたりが寄り添って歩いていった。



END

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