フリークアウト Reverse

エレンを旅の連れにする以前は、酒を飲むのにも気を遣った。
一人で泥酔している奴などスリや暴漢のカモでしかない。
「その様子じゃ、明日の出発は無理ね」
ナッツをつまんで笑うエレン。特に決め事としているわけではないが、一方が深酒をするならもう一方が見張りと介抱役になる。
「少し寝坊すれば問題ない」
今日は俺が前者だ。
はっきり云って酔うとひどいのはこいつの方。やたら絡んできて、同じ話を延々聞かされるんだからな。
持ちつ持たれつというやつで、遠慮なく頼らせていただいている。


よくぞ宿まで自分の足で歩いたものだ、と我ながら感心する。
エレンがせかせかと動き回っているのを眺めながらしばらく壁に体を預けていた。
俺が酔うとどうなるか?普段よりもべらべらと喋るし、気が大きくなるのも自覚しているが、自分ではよく分からない。
それはともかく、頭はそれなりに回る。今日の俺には考えがあって、脱衣所へと向かった。

「ハリード!大丈夫?」
具合が悪いと思ったか、さっそく駆けつけてきたエレン。
かわいいやつだ。
「ひゃっ!?」
体を抱き上げると間抜けな声。構わずに隣の風呂場へ連れ込んだ。
ふくれっ面で俺を見上げているエレンに、笑顔を見せた。
「背中を流してくれ」
「……へ?」
「俺が弱ってでもいないと引き受けていただけないだろうと思って」
「お風呂はご飯の前に入ったでしょ!酔っぱらってふらふらなんだからもう寝なさい!」
「やだよ」
「なんですって!?」
「俺のささやかな夢なんだぞ」
こいつは押しに弱いからな。毅然とした態度が何より肝心なんだ。
ところで、俺はやはり“酔ってるせいでくだらないことを云い出した”と捉えられているのだろうか?
どうしても、自分では分からん。
「…わかったわ。弱ってるから特別よ」
エレンの反応に安心して、服を脱いだ。すると顔を赤くして慌てて出て行く。
そうか、お前はまだ…そういうことだったな。
扉が小さく開くと手だけが出てきて、バスタオルを託された。


さすがに素っ裸で出迎えて驚かすというような、趣味の悪い悪戯はしない。
「やっぱり、背中には傷痕がないのね」
俺の背中が珍しいのか?確かに、手当てをしていただいたことはなかったが。
手が止まっているのもまあいい。かわいいやつだ。
「戦に出る仕事をしているからには、プライドがあるからな」
「広いから疲れちゃいそうよ」
「なんだ、云ってくれるな」
世話焼きなエレンは俺の要求を何でも呑んで、ささやかな夢、を現実のものとしてくれる。
風呂場の室温に再び酔いが回りだすものの、気分の良さを募らせるものでしかない。
「一人旅だったら誰も背中を流してくれないものね。はい、これで終わり!」
ざばっ、と背中に湯をかぶせられた。終わり、か…
…もう少し、押してみるか。

「次はお前だ」
手桶をとり、湯を汲む。
「もういいから、寝なさいってば」
体温が上がった状態で寝られるものか。それから、持ちつ持たれつという言葉があってだな。
「本当に??」
「素っ裸になれとは云わん。なってくれるなら止めない」
「エロオヤジ!」
付き合いも長いんだ、俺にだって日ごろの感謝の気持ちみたいなものはある。
下心は…いや、ないはずだ。
エレンはもじもじしながら、まともに考え込んでいる様子…。
………。
「…お願いしようかな」




脱衣所へ引っ込んだエレンは、悩んだ結果服を着たままやってきて、背中を流すことの難易度を上げてくれるものだと予測していた。
ところが、下着一枚だけ、あとはバスタオルで隠した格好で現れるものだから、正直なところ驚いた。
俺の顔を見ると、頬を染めてうつむいた。

沈黙は避けたかったが、頭が回らなくなってきている俺には、気の利いた会話を見つけることは困難だった。
同じく気まずいのか、上げた髪を触ったり、胸元に抱えたバスタオルを気にしたりと、落ち着きがないエレン。
…俺はまんまと、滑らかな首筋と、見え隠れするふくらみに、意識を奪われている。
「ハリード、ちょっとくすぐったいんだけど」
エレンは俺に負けず劣らず武術に傾倒してきた人物。
筋肉の張りが分かるほどに皮下脂肪が薄く、俺の力では痛いのではないかと錯覚していた。
「加減が難しいな」
「ふふっ」
もう、俺はただの腑抜けだ。俺を笑った仕種にすら、衝動が突き上げてくる。
「傷つけそうだ」
日に当たらないだけあって白く、小さな背中。
重い武器を振り回す面影がまるでない、女の背中だった。
エレンが、頬をこちらに向けて微笑った。
「じゃあ、優しくして」

エレンの台詞を、行為に及ぶ直前のものであるように解釈してしまったのは、酔いのせいだろうか。
考えを巡らせて判断を下す、というような経緯もないまま、エレンを背後から抱きすくめた。
無邪気な魅力は、毒でしかない。
「悪い。思った以上だった」
「…なにが?」
「お前が」
乱暴な云い方をしたか、と思ったが、それどころか、エレンはこちらに体を寄せた。
顎を上向けて、俺に唇を預けてくる。
思うままに貪った。
「…、ん、」
身じろぎも逃さないようにときつく抱きしめてやりながら、お次は首筋へ。
俺はこの後、エレンをどうするつもりなんだろうか。
唇で鎖骨を撫でたころ、心拍が妙な打ち方をしていることを自覚する。
「ん…っ」
酒が回るのと、血液が一点に集中するのと。まずい要素ばかり揃っているな。
「…だめ…」
エレンの肉体を覆い隠していたバスタオルが、際どいところまで剥がれて、俺を追い詰めた。
ぶっ倒れる前に…、
「エレン…」


眩暈がやってきて、同時に俺の理性が繋ぎとめられた。
もう一度エレンを抱きすくめた。
「…酔った勢いでは、まずいな」
この女性が、おそらく死ぬまで忘れられなくなるような記憶を、こんなことで刻みつけてしまっては…
「後悔…しそうだ…」
「ハリード、あたしは…、あの、いやじゃないわ…」
この期に及んでまだ、そんな言葉を発するか。
あまり無防備すぎると…
………
だめだ…
「重い…」
エレンに伸し掛かる姿勢でいるととうとう限界を迎えて、俺は便所に駆け込んで、下からでなくて上からのものをぶちまけた。




何があってもエレンは世話焼きで、便所からベッドルームまで付き添ってくれる。
俺が背中を流す立場になって以降、体は徐々に冷えて行き、血圧が下がっての眩暈だ。
「……さむ……」
ああ、これは罰だな。受け入れよう…
そうして震えていると、一度出て行ったエレンが持ってきたカップの中身は、水でなくて白湯。
「ごめんなさい。あたしが止めてあげなきゃいけなかったわ」
この期に及んでまだ、お前は俺を狼だとは考えないらしいな。
「嬉しかったよ」
「…ほんと?」
まだまだ若い小娘だと思い込んで、接してきたのにな。
俺が惑わされた肉体も、表情も、いつの間にか…。
「お前、綺麗になったな」

口を滑らせた俺に対するエレンの反応は、見慣れたものだった。
「お、おやすみなさい!!」
真っ赤になって、逃げるようにベッドルームから去って行った。
かわいいやつだ。



END

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