かいぞくのおたから

海辺のリゾート地・グレートアーチ。
その街からはずいぶんと離れた、この小さな丸太小屋には、お客が絶えなかった。

がらの悪そうな男、きれいに着飾っているが上品とは云えない女、
保安官、どこかの旅の戦士…






「ブラック!」

小さなお客が、きらきらしたものを握り締めて、丸太小屋を訪ねた。
「よう、サキ」
家主は手にしていた煙草を灰皿に押し付け、お客を迎え入れる。
はじけるような笑顔でそばへ寄っていき、お客は、家主を見上げて云った。
「ねえブラック、きれいな石を見つけたの!」
「お、そうかい。どれどれ」
この二人の間では、お決まりのやりとりのようだ。


ブラックが取り出したガラス瓶は、煙草の箱を縦にふたつ並べたくらいの大きさ。
その中には、きらきらと輝くものが詰め込まれていた。
「ほら、これっ」
「あ〜、サキ、こいつはガラスだぜ」
「ええっ!」
サキが持ってきたものは、エメラルドグリーン色に透き通って、確かに小石のように丸いのだが。
ブラックは窓の外の海を指差した。
「ああやって波が来るだろ?それに流されて、周りの石とこすれ合って、こんなふうに丸くなんだ」
「…そうなんだぁ…」
珍しい石なのだと思っていたらしく、残念そうな顔をしていたサキ。
「きれいだよな、それ。宝石みたいで」
この言葉で、また、はじけるように笑う。
「…うん!」

ガラス瓶の、コルクの蓋を開けた。
中に詰め込まれているのは、桜色の巻貝、ビー玉、おもちゃの指輪…
これを差し出すと、サキは、『ガラスの小石』を入れた。
「サキ、こいつは海の色をしてるな」
瓶を窓からの光に透かし、ブラックが笑う。
「うん!だから持ってきたのよ!ブラックは海が好きだから」
「ありがとよ」




丸太小屋の家主は、その昔、この温海地方に名を馳せた大海賊・ブラックだ。
船上でのやり合いで片眼を潰してしまい、顔の半分にバンダナを巻いている。

ヘヴィスモーカーで、煙草の空箱と、山のような吸殻がテーブルを占領する。
いつかまとめて捨てに行こうと思っている酒瓶は袋に詰めたまま、小屋の外に放置。
こんな丸太小屋を訪ねて来るのは、元部下の男達や、遊び相手の“おねーちゃん”ばかり。




そこらの普通の人間であれば誰も、簡単に彼に近づこうとはしない。
「ねえブラック、もうそろそろ次の瓶を用意しなくちゃ」
「そうだな。もういっぱいだ」
「もうすぐ、わたしのおうちで使ってるアプリコットのはちみつ漬けの瓶が空になるの。空になったら、持ってくるわ!」
今年の雨季に七つになるサキ。
丸太小屋のお客になってから、もうすぐ一年。
この少女が果たして、ブラックの経歴を知っているのだろうか、それはブラック自身分からずにいる。

「なあサキ。『かいぞく』って知ってるか?」
「『かいぞく』…? あっ、絵本でみたよ!海の王様!そうでしょ??」
「くくく、そうだ。王様だ」
海の悪党・海賊をヒーローに見立てた絵本か…。そう云えばそんなものも世には出ていた。
しかし、少女が年齢を重ねて、海賊という身分が本当はどんなものなのか、いつかは理解をするはずで…。

ブラックの、日に灼けて逞しい腕に、サキが腕を組んだ。
「ブラックは、わたしの父さんみたいに優しいから、父さんとおんなじくらい好きよ!」
可愛らしい『愛の告白』が、奇妙に胸を満たす。

いつか自分の経歴を知ったことで、サキがお客でなくなったら、寂しいものだなぁ…、と、ブラックは思っている。
それから、アプリコットのはちみつ漬けの空瓶を持って来てくれるのを、楽しみに感じている。

(俺もすっかり円くなっちまったな)

はじけるように笑ったサキは、ブラックの片眼を覗き込む。
「ブラック、それじゃあわたし、おうちに帰るね」
「おう。またな、サキ」
「うん、またね!また来るわ!」
まるで丸太小屋を吹き抜けていく風のように、小さなお客は、駆けて出て行った。




煙草の箱に伸ばした手は、方向を変えて、ガラス瓶を取った。
その中できらきらと輝く、海の色をしたガラスの小石が、本当に綺麗だと思えた。
「円くなっちまったなぁ…」
サキが砂浜で拾ったものを入れる事が何度かあって、その際に砂が底に溜まった。
ブラックはサキが帰った後にいつも、それをせっせと取り除くのである。




お客の絶えない丸太小屋には、早速、次のお客がやって来た。
「ブラック!」
「よう、エレン。えー、後ろにいんのは誰だっけかぁ〜」
「泣く子も黙るハリード様だ」
エレンは“おねーちゃん”ではないし、ハリードは彼の元部下ではない。
二人は旅の戦士。顔の広いブラックの知人だ。
「ねえ、今、小さい女の子とすれ違ったんだけど、もしかしてここに来てたの?」
「まあな」
「ええ〜っ、あんな子が何しに来るのよ?」
「隠し子か」
ブラックは、先ほどから煙草に手をつけないままだった。
その手はガラス瓶を持って、エレンからの質問に答えた。


「俺様の恋人だ。いいだろ」



END

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