Neoteric Romancing Poetic

世界を救った戦士がいた。

…と、云っても、その経緯は複雑で、
この世の秩序を取り戻したという結果は、別の(本来の)目的を果たしたところへ付いてきたものだ。

魔族の中でも貴族階級に属する者達、そして
“総てを破壊し無に還す存在”
これらを破ったことが、世界を救うのにも繋がったのだ。




ただし、それを云いふらして自慢する性格ではないふたり。
むしろ絶対に悟られないようにと、コソコソしてすらいた。
そんなある日。

「もし、旅のお方」
「はい?」
「一曲いかがですか?」
ミュルスの港の脇、海の見渡せる広場にいたふたりに、声をかけてくる人物。
尖った形の帽子、顔を覆うマスク、丈の長いローブにマント…
小脇にフィドルを抱えている。
男だということと、音楽家であることだけは判る。
「突然なによ?」
「金なら出さんぞ」
「もちろん、御代はお気持ちがあれば、で結構です。では早速」
「ま、待ちなさいよ」
勝手にフィドルを構えて弓をあてがうが、エレンが阻止。
「パブにでも行って客を集めたらどうだ。こんな場所で俺たち二人だけ相手にしても仕方がないだろう」
ハリードも諭すが。
「いいんです。新曲が出来たので、兎に角どなたかにお披露目したいと」
「だからそれをパブでやれよ」
「いいんです」


〜♪〜♪

結局、男は演奏を開始してしまった。
立ち去るのも気の毒に思えて、ふたりは渋々、耳を貸すことに。

♪世界に射す闇〜 立ち上がったヒーロ〜
♪砂漠を踏み越えて〜 アビスという異世界へ〜


ふたりは顔を見合わせた。

♪魔貴族が唸る!叫ぶ!猛る! 必殺メイルシュトローム!

「ねえ、あたしたちが砂漠から東へ行って、アビスに乗り込んだ…って、あたしたち以外に誰か知ってたかしら」
「…いや… 東の人間だけだろう…」
そう。隠し通して来た事実を、この男はさらっと詞に乗せ歌っているのだ。

♪血と汗となみだが流れ… 絶対絶命…

百歩譲って、この歌をそこいらの人間に聴かせるのなら、それはいい。
ハリードとエレンが主人公だと知られなければそれで。

♪戦士達は何度でも立ち上がった〜 仲間のため 世界のため〜

ちなみに“魔貴族が〜”のくだりでは、男の身振りと手振りがついていた。
メイルシュトローム(魔海候フォルネウスの術攻撃)のアクションはデタラメだったが。

♪世界に射した光〜 尊いようで当り前にあるべきもの…
♪それを取り戻した彼等は顔も見せず 名乗ることもなく 今何処かで旅をしている…

〜♪〜♪



「………」
「………」
この最後のフレーズで、ふたりは最高にドキドキした。
まさに顔と名を知られることを避けつつ、旅を続けているからだ。
ハリードは以前から曲刀使いとして世に名を馳せているが、それは彼個人の評判にすぎない。
世界を救った、などという大層な経歴がつくのとは大きな違いがある。

男はふたりの眼前に詰め寄った。
「如何でしたか?」
「いやー、素晴らしい、感動した」
ハリードは見かけによらず歌を唄うのが好きで、何もなければケチでも付けてやるところだが、早めに逃げたかったので心にもない評価を告げた。
しかし男は。
「うーむ、貴方がた、どこからどう見ても旅の戦士ですね」
「はあ」
「新しい詩を創る意欲が湧いてきそうです。一緒に旅をさせていただきます」
「は?」
「街から街へと渡り歩くだけで無く、時には魔物の蔓延る獣道を、はたまた悪党の牛耳る危険地帯をゆく…
 そこには計り知れないほどのドラマとロマンスが生まれるのです」
「はあ」
「運命に逆らうも流されるも、闘いを強いられ傷ついたとしても、総ては人が輝けるため… ロマンシングだと思いませんか」
「はあ…」
キャッチセールスの者が否定の隙間を与えずまくし立てるそれに似ていて、ふたりは相槌を打つのみとなった。
「ですので一緒に旅をさせていただきます」
「こ、断る」
「いいえ」
返事になっていないが、これで押し切れるだけの勢いを、この男は持っている。
「お断りだってば」
「いいえ」

よく分からないうちに、ふたりは三人連れの状態で、街中へ戻る羽目になってしまった。





男は、マスクで顔を覆っているだけでなく、名前も云わないし、素性を明かすこともしない。
『聖王記読みです』とだけ告げた。

聖王というのは北方・ランスの生まれのアウレリウスという名の男性。
およそ300年前、アビスからやって来た魔貴族どもを追い返し、アビスゲートを閉じ、世界を救った戦士である。
彼の功績、それまでに歩んだ道筋についてを詩にし、現代そして後世へ伝えるのが聖王記読み。
これは確立された職業ではなく誰かから任命を受ける訳でもなく、好き好んでやるものだ。ギルドも無いらしい。
個人がでしゃばってはならないという暗黙の了解に倣う故、彼等の存在は往々にして謎に包まれている。

「お二人がこれまで旅をしていて、最も危険を感じたのはどんな場面でしたか」
ふたりはパブでインタビューを受けていた。
「そ…そうね、野盗団の捕虜になって、スタンレー北のアジトへ連行された時かしら」
「ほうほう、確かこんな顔をしたこれくらいの背丈の、ビール腹の男がボスでしたね」
「知ってるのか、あんた」
「私も捕まりました、ハッハッハ」
謎ではあるが、彼に関して云えばノリが軽い。
唄うことを副業でなく生業にしていると語っていた。こんなキャラクターの方が客寄せに効果的なのだろうか。
「どうやって逃げたの?」
「金と金目の物を差し出した後、宴会の場をお借りして歌を披露した所、喜んでいただけたようで解放されましたよ」
なるほど、各地を流れるにもこんなキャラクターの方が得らしい。
「面白い人ね、あんたって」
「いやあ、それほどでも」
「…云っておくが旅への同行を許す気はないぜ」
「そう仰らずに。お二人の恋路の邪魔はいたしません」
「恋路って何が!?」


パブから宿へ戻れば食事時。男も交え、食堂を備えたロビーのテーブルへ着く。
簡単に離れてくれそうにないが、それならば逆にと、例の件についてインタビュー。
「さっき聴かせてもらった曲だけど、あれって本当?アビスがどうとか」
「ええ。情報源を明かすわけにはまいりませんが」
早速、知りたいところをシャットアウトされてしまった。
「だいぶ前から死星が観測できないとか騒いでいるようだが、それが関係しているのか」
「私が確信をしたのもそれが決め手です。アビスゲートもなくなっていますから」
「どうりで、モンスターが減ったわけね」
○○記読み…という存在は新たに生まれなくてはならない。
彼はそれを担うつもりであれこれ探っているようだ。悟られないよう注意せねば…。

「時にお二人、西太洋に於いて魔海候フォルネウスを破った人物を御存知ではないですか?」

ギクッ。

「さ、さあな」
「噂でしか耳に入らないのですが、男女二人組であったと…」
「へ、へえ〜」
「近い内にバンガードへ出向いて調査をせねばと考えていましてね」
バンガードは聖王の時代、西太洋海底に潜むフォルネウス討伐のために建造された潜水艇である。
それが永い眠りから醒め、再び動いたのは数年前。
動かしたのは他でもない、このふたり…。
「バンガードか。俺たちは南へ向かうからな」
「お構いなく。遠回りもまた芸の肥やしとなりましょう。
 しかし、お二人もなかなかに腕が立ちそうで…。武具は使い込んでいる様子ですが、破損がほぼありませんね」
「逃げるのも戦法の一つだもの」
「ハッハッハ、成程!私も逃げ足は速くなりました。旅もしてみるものですね」
男の心を読みたいが、これまでひとときたりとも、隙を見せていない。
ふたりは目線だけ合わせて、夜の作戦会議を決定した。


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