告白 break the xxx

ハリードの鼻唄。
たまーに聴くけど、今日はノリノリだわ。ビブラートがかかってるじゃない。
…あ〜あ、そのノリでまた一杯…。
大丈夫なのかしら?

「ねえ、もう帰らない?」
「んー?あと少し」
お酒には強いハリードだけど、今日はちょっと、様子が違うのよねぇ…。
やたらとモンスターの多い道筋を辿るはめになって、連戦に次ぐ連戦。追い討ちをかけた野宿。
あたしたちはへとへとに疲れ果ててこの街へやってきたの。
「エレン、お前もたまにはこういうのを飲んでみろ」
疲労からくる深酔い…。かも知れない。
「あたし強いお酒は無理よ」
「まあまあ」
「ちょ…、うぐ、」
だからってあたしの後頭部を捕まえて、強引に飲ませるんじゃーないっ!
「どうだ」
「…っどうもこうもないでしょー!きっつぅ…」
そしてクスクス笑わないっ!
「ハリードっ!」
「ははは、悪い悪い」
甘いカクテルでお口直しをするあたしの隣で、何食わぬ顔して鼻唄再開…。
もし本気で熱唱し始めたらあたし、他人のフリをさせていただくんですからね。

ちょっとの間、鼻唄に耳を傾けてみた。
「それってなんていう歌?」
「…え〜、題名は失念した。確か長いんだ」
ハリードは歌が上手い。失礼だけどこのなりに釣り合わない才能を授かったみたいで。
副業で流しの歌うたいでもやれば?っていうくらい。
「58ページ」
「?」
謎のページ数を呟いて微笑う横顔。あたしが中断させてしまった鼻唄のあとは、想い出話が始まった。
「歌はな、俺の父親の趣味だったんだ。親子揃って妙だろ」
「いいじゃない。無趣味は損だわ」
十数年前、ハリードは、故郷を滅亡させられている。
だからあんまり国や家族に関してあたしが訊くわけにはいかなくて、こうして話してくれる時にだけ知ることができるの。
「父親の持っていた歌の本があってな、相当使い古していたんだが、それでいろいろ教わった。
 俺は子供なりに、気に入った曲のページ数だけ記憶すれば早いと判断して、題名は放ったらかしにしたらしい」
「その歌が58ページだったのね」
「そうだ。題名も、歌詞の意味も理解せずに、58ページ」
とても楽しそうに語る横顔。酔ってるせいだろうけど、ハリードのそういう表情を隣で見てるの、好き。
もう、あたしったら、ギャップにやられてるんじゃない。
「お前にも教えてやりたいところだが、鼻唄を聴く限りセンスがなさそうだからなぁ」
「余計なお世話!」
「ふふふ〜ん、ふふん♪」
「それってあたしのマネ!?」
楽しそうなのはいいけど、これ以上酔われたらあたし、おぶってあげることなんてできないわ。
台車を借りて載せてやってもいいけど、さすがに“猛将トルネード”と呼ばれた男ががそんな姿を世に晒すのはね。
「ハリード!もう宿に帰るわよ」
「なぜだ」
「あたしが決めたの」
そう云い切ってさっさと席を立つと、よっぱらいのおっさんも椅子から腰を上げた。
「お前が云うならしょうがない」
「はいはい」



ハリードは鼻唄を夜風に乗せながら、普段よりもゆっくりしたペースで歩いている。
「あと一杯行きたかったなあ…」
「そう…」
「しかしお前が云うからな」
「はいはい」
ま、怒ったり泣いたり、脱いじゃったりするタイプに比べれば随分とマシかしらね。
転ばないように見てあげながら歩いていたら、陽気になるタイプのおっさんは、突然あたしの腕をとった。
「エレン、出かけるぞ」
「もう夜中の12時過ぎてるのよ?」
「酔い覚ましの散歩だ」
…ハリードって、本当にマイペースね。
「あたしもう眠いんだけど」
「お前がいないと退屈なんだよ、エレン」
そう云われて、じゃあしょうがないな、とか思っちゃうあたしが悪いのかな。
「〜♪」
今度は何ページかしら?

たどりついたのは街外れの高台。
家の明かりも街灯も消えてる時間だけど、月って、こんなに明るいんだ。
夜中、野宿の見張りで起きてることはあっても、こうして出歩くなんて、しないもんな。
悪くないわ、ハリード。
「お前は酔ってないんだな」
「あんたがどんどん飲むんだから、あたしは控えめにしておかなくちゃいけないじゃない」
ふたりで酔い潰れちゃったら、追い剥ぎに遭って身ぐるみ剥がされちゃうわ。
あんたの大事な曲刀カムシーンもよ。
「あたしも考えてるの」
「大変だな、俺の世話も」
別にそれを、いやいややってるわけじゃない。
母さん譲りで、何でも放っておけなくて世話焼きをしちゃうのよね、あたし。
この人はあたしよりも年上だけど、大雑把で、マイペースで…
「お前、おせっかいなんだもんな」
「悪かったわね」
ハリードには、迷惑じゃ、ないかな?

あたしをぎゅっと抱きしめて、上機嫌そうに笑ったら、
キスをしてくる。
「……、お酒くさい」
「お前もな?」
この、よっぱらい。




宿に戻ったのは1時。このあたしが夜更かしなんて、明日…じゃなくて今日は昼すぎまで爆睡だわ。
お水をグラスに注いで渡すと、笑う。いつもよりもちょっとくだけた感じのハリード。
あたしの分の水を注いで差し出してくれた。
「じゃ、お前も一杯」
「…これもお酒に見えるんだけど」
「あたしを酔わせてどうするつもり?ってか」
あたしの頬を指でつんつんと撫でてから、グラスを傾けて、乾杯の仕種。
「しかし、さすがに疲れたな」
へとへとでこの街へ来て、パブの帰りにもほっつき歩いたんだから、当たり前じゃない。
「起こさないようにするから、今日はしっかり寝なさい!」
飲み終えたあとのグラスは、ハリードの大きな手に渡って、ポットの横へ。

「エレン」
まっすぐに見つめられて、両腕をとられて、…
「酒臭いキスは嫌いか?」
さっきのこと?
あたしが首を横にふるとハリードは微笑って、もっと近くまで引き寄せられた。
キスをされるのかと思ったけど…、どうしたの?
窓から注ぐ月光だけでしかわからない表情。
「?」
「キスをして欲しそうな顔だな」
「はっ!?」
ちょっとだけいい雰囲気、だなんて、思っちゃっただけ損したわ。
したそうだったのは間違いなくあんたのほうよ!
すると、まるで猫にするみたいに、あたしの顎の下を、指ですりすり…。
うっ…、すごーく悔しい。
「からかわないで!」
「かわいいな。好きだぜ」
「!」

…今、さらっと何か云ったわね?

その直後、結局あたしは唇をうばわれて、黙って立ち尽くした。
「じゃあな、おやすみ」
それなのにハリードは、例の“58ページ”の鼻歌と共に、さっさとあたしをおいて自分のベッドへ…。


嬉しいような、悔しいような、憎たらしいような、変な気持ちを抱えてあたしもベッドへ。
「なによ…」
お願いだから、そのマイペースであたしを振り回さないで。
云うだけ云って、あたしを困らせるの…、やめてよ。
ただでさえこんな時間なのに、ドキドキしてうるさくて、眠れなくなっちゃう。
「…よっぱらい…」
それとね、もうちょっと、ムードみたいなの作ってくれたら…
「……………」
…云えるわけ、ないか。


あたしも、好き、って…


も〜〜やだ、顔が熱いっっ!!



END

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