告白

「ハリード〜、聞いてる?あの系統のモンスターは大体ねぇ」
先ほどから俺は、一言も喋らずに、大人しくお前の話を聞いている。
「それでね、聞いてる?あたしがこうやって、斧をねぇ」
ちなみにこの話は3回目だ。
「ねえちょっと聞いてる?遠心力によって得られる威力に腕力が負けたらだめなのよ〜」
その話は俺がしただろ、昨日。

そんなエレンは話しながら、斧を横薙ぎに振るう仕種をした。
「おっと」
テーブルに並んだ空のグラスが5つ、その仕種に薙ぎ倒されそうになるのを、寸手で阻止した。
俺に腕をひっ掴まれたエレンは、俺の顔をじろりと眺めて、俺に絡む。
「なによ、喧嘩売ってる?」
なんて迫力だ。
なお、5つのグラスは片付けられていないだけである。20杯は飲んでいるはずだ。
「なにってお前、このグラスが見えなかったか?」
「…ん?」
目をこすってテーブルの上を睨む。ギャグか。


「エレン、そろそろいいだろう。宿へ帰るぞ」
「なに云ってんの、付き合いなさいよ〜」
「だーめーだ」
相当酒には強いエレンだが、今夜は勢いが良すぎだ。そして残念ながらお前の酔い方は可愛くない。
握った手首をそのまま持ち上げて立たせた。
保護者として、人や物に危害が及ぶ前に連れ帰らなくてはならん。
「なんでだめなの?」
「だめなもんはだめだ」
「いじわる!ケチ!おっさん!」
はいはい…。
どうにもならなさそうなのと、まともに歩けなさそうなことを考え、エレンの体を抱き上げた。
賑やかなパブの店内。酩酊状態の者を抱きかかえる行為も、さほど目立ちはしなかった。
「帰りましょうか、お嬢さん」
「いじわる…」
大人しくなったエレンを連れ、扉の外へ。




夜風にあたれば多少は酔いも醒めるだろうか。
宿屋まで少し距離がある。その間に落ち着いて、あとは水でも飲んて、眠っていただければ。
「………」
あのやかましさはどこへやら、ゆったりとした動作で、俺の首に腕を回した。
「気分が悪いなら、その辺の草むらで失礼してこい」
「…ううん、大丈夫」
小さな声で呟いて、俺の肩に頬を預けてきた。
随分と重みを感じる。俺からは顔は見えないが、半分寝てるのかもな。
「よっ」
さすがに歩きながら数回、持ち上げて抱き直す。
まあ、モンスターがどうとかの、よく分からない話を聞かされ続けるよりはマシか。

「ふふっ」
ん、何だ?笑うようなことがあるのか?
まさか元気を取り戻して、また延々と話を聴かされるのではあるまいな。
そうなっても一応、付き合ってはやるが。
「あたし、子供みたい。抱っこしてもらうなんて」
「面倒なやつだな、本当に」
「怒ってるの?」
「いや…」

ふたりで旅をしていて、エレンに振り回されることは決して少なくはない。
俺に対しては口うるさい割に向こう見ずなところもあって、今まであんなことや、こんなことが…。
面倒だと思ったのは嘘ではないが、お前はどれほど酔っても、俺のことは認識してくれている。

「ハリードはあたしに、怒らないものね」
俺に抱きつく恰好で、何やら上機嫌そうで…。
「ほんと、優しいんだから」
「………」
怒るどころかほだされる。俺はお前に甘すぎるのかもな。






宿屋の主人に、大変だねぇ、などと声をかけられ、酔っ払いを抱えて客室へ。
ベッドへ直行。座らせると自分でブーツを脱いだ。
ランプに火を入れ、流し場でグラスに水を注いで持ち込む。
「ありがと」
これを飲み終えるまで待機し、グラスを回収するまでが俺の任務だ。
隣に座り込んでそれを待った。

「ふー…」
「よし。便所に行くときは足元に気をつけろよ。それじゃ」
空になったグラスを取り上げ、腰を上げようとした。
「待って。ハリード」
胴体を両腕でホールドされる。
俺も飲んではいるんだからそろそろ自分のベッドに横になりたい。振り払うことは不可能ではないが…
「行かないで」
「………」
もうひと仕事だ。しょうがない。
「次は何の話だ?」
顔を上げたエレンが、首の後ろに腕を回す。
グッ、と体重をかけられ、背後の方向へ倒れ込むのと一緒になって、ベッドの上へ。
覆い被さる恰好となった。


切ない表情をして、更に、俺を引き寄せた。
「ハリード…」
俺がお前に甘いかどうかの問題でなく、これを拒絶できる男が世界のどこにいるだろう。
求められるままキスをする。
「…んー…」
まさか、酔うと男に迫るタイプなんじゃないだろうな?
酒を教えてやったのは俺であって、その俺が知る限りは、そんな行動を起こす機会はなかったはず…だ。
今後気を張っておくこととしよう。
「もう寝ろ、エレン」
「やだ…」
俺を離そうとしないで、やたらと甘い触れ方でキスをしてくる。
濡れた唇が、まだ少し酒の匂いをさせて、俺を釘付けにした。
「襲っちまうぞ」
酔った女を手籠めにするほど俺は人の道を外れちゃいないが、こういうネタに弱いエレンを牽制しようと…
と、いうのはこじつけた理由で、牽制どころではない。
「…うん」
「分かってないだろ」
酒酔いのせいで頬を赤くして、瞳が潤んで、
まるで本当に俺が襲おうとしているように錯覚して、息を呑んだ。


また、強い力で引き寄せられる。
「ハリード、好き…」
耳もとで何か、エレンが囁いた。


その口から一度も聞いたことのなかった言葉の響きだ。
俺は頭に意味を理解させるまで時間を要し、更には、襲おうかどうかを検討し始めた。
「お前がその気なら」
「眠くなってきちゃった…」
「………」
俺が混乱していると、エレンは腕をほどいて、とっとと寝る体勢へ。
どんな顔をするのかと思えば、俺を見上げて「えへへ」だと。
先ほどから発言に繋がりがないのは、泥酔しているせいでしかないよな。
「おやすみなさい、ハリード」
「…ああ、おやすみ」

横になってから寝に入るまでが異様に早い。
明日にはどうせ、覚えていないんだろうな。






「…おはよう、ハリード…」
いかにも重そうな足音。顔色は悪くないが、昨晩の服装のまま、髪もぼさぼさのまま。
のそのそと歩いてやってきて、俺の向かいに、どっかりと腰掛ける。
エレンは怒りのような戸惑いのような、微妙な顔をして身を乗り出した。
「あたし、昨夜の記憶がないんだけどっ!!」
「まーそうだろうな」
「他人事じゃない!あたし変なことしなかった?」
どうやら酒で記憶を失ったのは初めてのことらしい。それならば男に迫るなどという失態は犯していないな、安心した。
「安心しろ。俺以外の人間に危害は及んでいないぞ。そうなる前に宿へ連行したからな」
「…ハリード以外?」
例の発言については心当たりすらないようだ。俺は悲しい。
「お前の重たい体を抱えて帰ったんだよ、俺が」
「なんですって!?頼んでないわよ!!」

いつものエレンだ。
もし俺が、俺のことを好きか?と訊ねても、顔を赤くして絶対に答えないような人物。
泥酔した際、本音をこぼしてしまうタイプなのか、思ってもいない発言をしてしまうタイプなのか、
これからじっくり見定めてやろう。
「重たいっていうのはむかつくけど…ごめんなさい…」
とぼとぼとシャワールームに向かう後姿へ、噛み殺せない笑みを送った。



END

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