1人での謁見を終えたあと、その内容についてはゆっくり話したいと云い、すぐには明かさなかったユリアン。
彼にしては珍しく黙って考え込むような横顔を見せたが、長い付き合いだから、誰も無理に聞き出そうとはしなかった。
大きな街へ泊りがけでやってくることの滅多にない若者たちは、すぐ遊びに出掛けた。

夜になり、エレンはひとりパブへ。
カウンター席に、その姿を見つけた。
「…何の用?」
「いや、別に」
大雑把な男だとは思っていたが、パブに誘い出しておきながらこの云いぐさである。
勝手に酒を注文して、自分がつまんでいたナッツの皿を押し付けてきて…。
普段のエレンなら文句のひとつやふたつは飛ぶところを、様々な悩み事に苛まれているせいで、ハリードは難を逃れている。
「奢ってくれるのよね?」
「それだけな」
淡いピンク色のカクテルが出てきた。
この男がこんなものを?と思って顔を見る。
「俺もトシだな」
「?」
「素質のありそうな若い奴を見ると、教え込んでやりたくなっちまう」
あれこれと教えてくれたのを思い出して、エレンは黙ってカクテルグラスに口をつけた。
フルーツの風味とシロップの甘い味がして、なんだか拍子抜け。
「お前、ゆくゆくはどうなるつもりだ?」
おっさんくさい質問だな、と思いつつ、素質がどうとか云ってくれていることは嬉しくて、素直に答えた。
「武術は好きよ。でも、家の仕事があるもの」
「ロアーヌ兵にでも志願してみたらどうだ。今回の功績がミカエル候の記憶に色濃いうちに」
「あたしが??」
「出稼ぎと社会勉強だ。いい経験になるぜ」
何とも泥臭い考え方の男だ。
それならば、可愛らしいカクテルを頼んでくれたのは“若い娘だから”という発想に違いない。
「考えとくわ」
「考えるつもり、ないだろ。もったいないな」
エレンがずっと抱えていた重い感情。そのあたりに何も関わりのない男と話をすることは逃避になった。
彼は今回のロアーヌ軍の戦いのことも話して聞かせてくれて、その間すっかり飲み食いの手を止めてしまった。
サラを宿の客室に1人残してきているからと、2杯目を空にしたら、笑顔で別れた。




それから2日後、シノンの4人でパブへ出向いた。
「おーい!」
店の奥、カウンター席でマスターと話をしている様子のハリードに、ユリアンが手を振った。
それに応えて手を上げてくれるのを見て、他の3人もそれぞれ手振りや笑顔で挨拶を。
ところが、これが済むと4人は静かに席についた。

とうとう、ユリアンが話をしたいと切り出してきたのだ。
「ごめんな。すぐに話さなくちゃとは思ったんだけど…」
エレンの望みは、仲間で揃ってまた元の暮らしへ戻ることだ。
それが叶わなくなりそうな空気に満ちて、混濁する頭の中身を、夕刻の店内の喧騒が掻き回す。
次第にそれは、苛立ちという具体的な形状を見せ始めた。
(なんか…やだな)

「俺、モニカ様の護衛隊に、入隊することになったんだ」
「え…、そうか、ならロアーヌに…」
「うん。一応、必要な物を引き揚げるのと、身内への挨拶とで、シノンには一度戻るけどさ」
ミカエル、そしてモニカから直々の申し出を受けたのだという。
護衛隊、通称プリンセスガード。今回の騒動を機に創設されたのだそうだ。
「…それで、実は今夜、集まりに呼ばれてるから、もう少ししたら、行かなくちゃ」
寂しそうに微笑う。
それはエレンにも向けられたが。
「そう。頑張って」
「…うん、ありがとう」
笑顔も、優しい言葉も出ず、うつむく。

ユリアンは、人前でふざけてみせるところもあるが、根は真面目で、心優しい人物だ。
領主から直々に国に仕えるよう依頼されて無下にすることはあるまい。
護衛の最中、絶えずモニカの傍に付き、楽しそうに雑談を交わしていた光景が蘇るのを、エレンは必死に掻き消そうとしていた。

(……、最低ね、あたし)
「暗い顔をしていたから、モニカ様が負ったかすり傷のことで処罰でも受けるんじゃないかと思ったよ」
「やめてくれよ、トム」
「はははっ」
最後に、4人で飲み物だけオーダーして、グラスをぶつけ合った。
想い出話をいくつか持ち出して、その間エレンはどうにか、笑い顔を形作ってはいたが。

「そろそろ…、行くよ」
ユリアンが席を立っても、顔を上げられなかった。
「エレン、サラ、トーマス、元気でな」
「ああ、君も元気で」
「ユリアン、寂しいけど、頑張ってね。たまには帰ってきてね」
トーマスと、妹のサラまでも、別離を清らかに迎える。
本音でなくとも、綺麗な台詞を吐くことが出来るのではと、考えて。

考えても、結局エレンは、口を開かなかった。






若者たちは、岐路に立たされた。
人の道というものも様々で、独り立ちをすることも、故郷で家族と過ごすことも。

それ以前に彼女は今、眼前を暗い闇にシャットアウトされているから、
まずは道がどこにあるのかを、探り当てるところからだ。



もし、手を差し伸べる人があるのなら、その手に手をとられてでも。



END

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