向かった北の洞窟。
アビスの妖気というものは5人にはそもそも感じ取ることの出来ないものらしく、実感はしない。
だが、そこに棲み着いているモンスターの、桁違いの凶悪さは身を以て感じた。

探索の末に辿り着いた最奥の部屋にゲートの装置は見当たらない。
あの巨大な装置が造られていると思えない、岩で出来た洞窟の風景ばかりが続いたのだから、納得すらしてしまえる。
代わりにあったのが、一領の鎧。
立派な造りをした黒い鎧だが、砂や埃にまみれ、永い時をここで過ごしたと判る。
「不気味ね…」
「しかし、これだけか?」
「隠し部屋でもなければ、この部屋の辺りが最後のはずだけど…」
トーマスは方位磁針を使ってマップを取っていた。再度確認をしようと方位磁針を取り出す。
「…ここは磁気が狂っているみたいだ」

すると洞窟内の冷えた空気とはまた別の、身の底から這い上がるような、体が竦むほどの悪寒が5人を縛りつけた。
まるで来客を出迎えているかのように、地鳴りのような、人の呻き声のような音が、辺りに響き渡る。
「待て、上に何かある…」
鎧は部屋の奥まった箇所に置かれていたが、暗さとは違う、黒色の霧が鎧の上方に浮かんでいる。
「!!!」
その霧の中からゼルナム族が飛び出てきた。
襲いかかられたハリードが斬り払う。続けざまにシャールの三叉槍がその胸に突き立てられ、瞬時に勝敗を決した。



「こいつが元凶か」
「小型のゲートといったところか」
妖気の出所を叩けと指図され出向いたが、それと別に、5人が抱える目的がある。
身構えながらも、不気味に蠢く黒い霧を凝視した。
「あたしたちが、入れるものなのかしら…」
エレンの呟きに、答えられる者はいない、

…はずだが、少年が、語り始めた。

「ゲートは一方通行です。この空間の歪みは人間界側で発生したものなのに、あちら側から魔物がやってきている。
 今のところアビスゲートと似た機能を果たしていますが、不完全な別物です。下手に触れば異空間へ飛ばされかねません」
一歩後ろにいた彼を、4人が振り返る。
「この鎧の属性が、死食によって発生した負の力を増幅させただけだと思います」
まるで別人のような口調で語るのを、背後への警戒すら忘れて聞き入っていたが。
ふと少年が、もとの、普段の気弱そうな瞳を取り戻した。
「…魔貴族がアビスから開いたゲートがありました。一方通行です。魔物がたくさん、人間界へやってきました。
 でも、そのゲートをこちら側から更に開かせれば、人間がアビスへ行くことができるはずです」
表情が歪んでゆき、瞳からは涙を零した。
「サラは、魔王殿のゲートを閉じました。装置を破壊せずにこれができるのは、サラが持っている力のせいです。
 その瞬間、僕の体に触れることで別のエネルギーを生み出して、サラは無理に自分の体を向こう側へ押し込んだ」
「待ってくれ!」
トーマスが少年の前へ。両肩を掴んで、不安を隠さない表情で体を揺さぶったが、少年は続けた。
「僕は、サラとは逆に、ゲートを開く力を持っているのに、あのときはまだ自分で分かっていなくて…、僕のせいで、サラが…」
震える両手が頭を抱えた。
「どうして、僕がゲートについて知っているのか、わからない…頭の中になにか、流れ込んで来たんだ…
 僕じゃないのに、けど、これは僕の…僕の意識…」

他の4人は、死食や、かつて存在した宿命の子のことを、子供のころに学んだ。
たった今、見聞きしたことが、それと重なるものであると、理解をするのは困難だ。
ひとりの少年が震えて、泣き崩れる姿は、思考を鈍らせた。


ここにいる人間の心情を構わず、霧の向こうからは再びゼルナム族が出現。
シャールが一撃のもとに破り、ハリードとトーマスも鎧の前へ身構えた。
「これは何か特殊な代物なのか?」
「魔力を感じ取ることはできないけど…、シャールさん、どうですか?」
とても人間の住居とは思えない洞窟の奥深くに、たったの一領の鎧。
シャールはトーマスの問い掛けに対し、推察を返した。
「魔王は東の地で消息を絶った…」
死に魅入られ、死に祝福された魔王。アビスの妖気に染まっているこの鎧は恐らく…と、いうことだ。
そう云われてみればそうとしか考えられず、議論へは発展しなかった。
「ま、婆さんの命令に従って破壊するだけだ」
「プレートの厚さはさすがに大昔の品物だな」
「大岩でも乗せて潰すしかないだろう」
岩壁のいびつな箇所を探り、トーマスが岩盤の割れ目に槍を突く。石突を籠手の肘で打つと、大きな塊が簡単に剥がれ落ちた。
それを運び、持ち上げて、鎧の真上へ。
落下させた岩が鎧を圧し潰す。
黒い霧が、酸素に溶けるようにして散った。




サラが何かに目覚め、ゲートを閉じるのは自分の定めだと云い残して、消えた。
ずっと、心のどこかで、妹が背負ったものが何なのかを解りかけていたが、否定したくて。認めなかった。
けれどもう、背く事は赦されない。
この少年もサラと同じように“覚醒”を迎えた。それを眼前で見届けたからだ。

少年のそばについたエレンは、自分の涙を拭って、笑ってみせた。
「今ここにあったものが偽物のゲートだって教えてくれて、助かったわ。飛び込むところだった」
同じくらいの背丈の少年の体を抱きしめた。
「一緒に行きましょう。サラを助けに」
まだ震えていた指先が、恐怖に逃げ出しそうだった心が、エレンの体温によって解かれてゆく。

少年の瞳は戸惑いを浮かべた。
今まで頑なに拒んできたはずの、人の、温もりと優しさ。
それを、受け容れたい、と、自分が願っているからだ。

まだ細い指で、エレンの手を取った。
「エレンさん、東の地には魔王が使ったゲートがあります」
少年は、先ほどの変貌とは全く違う意味合いで、これまでと見違えるほど力強い眼差しをした。
「僕がそのゲートを開きます。アビスへ、行きましょう」









魔王の鎧をバイメイニャンに渡し、無残に破壊されている理由を話した。
「ふむ、それならばアビスゲートは、やはり…」
同席しているヤン将軍が続ける。
「噂通り黄京城にあるのでしょうか…、信じ難い話ですが…」
「あってもツァオガオが馬鹿正直に白状するわけがない。奴の心などすぐにアビス色に染まってしまうわ」
「黄京城には大将軍もいらっしゃいます。あの方がそのようなことを許されるはずがありません」
東の地の人物相関図を把握出来ずにいる5人。
尋ねてみると、バイメイニャンが各人物への罵倒を挿みながら解説をした。
ミカド(帝)とは天皇、国の最高位に座す者。しかし未だ幼く、側近のツァオガオが実質的な権力者となってしまっているのが現状。
大将軍と呼ばれるのはヤン・ユウチュン。玄城の衛将軍ヤン・ファンの主君であり、黄京城を預かる人物。時にツァオガオを諫め、国の平穏無事を保たせている。
城にアビスゲートがあるとの噂話については否定をしているツァオガオだが、その彼の評判があまり宜しくないらしい。
「奴がアビスの力を悪巧みに利用してもおかしくはないのじゃ!」
「老師、血圧が上がりますから…」
「それでゲートの存在をひた隠しにしておると考えるのが自然じゃっ!!!」
熱弁を奮うバイメイニャンが机を叩き付けた瞬間。

「ヤン・ファン様!」
遣いの者が部屋を訪れた。息を切らし焦燥した様子だ。
「大将軍が捕らわれました!ツァオガオの陰謀です!」
「何だと!」
「ほーれ見たことかっ!!」
「これを。大将軍からの書状です」
ヤン将軍は受け取った書状を開くと、顔を顰める。
隣から覗き込んだバイメイニャンが再び机を殴った。

“城内にアビスゲートあり ツァオガオの野望を絶て 大将軍ヤンユウチュン  衛将軍ヤンファン殿”

「黄京城にアビスゲートがある!!!」
国の危機も重なり興奮気味な彼女の一方、5人は息を呑んで、静かに佇んでいた。




何とか鎮まったバイメイニャンがひしゃげた魔王の鎧を抱えて立ち去った後、ヤン将軍が5人に作戦を云い渡す。
「黄京城の警備は厳しい。まして大将軍を捕らえられた今、ツァオガオが兵を操り、更なる警備の強化がなされているはずだ。
 私が打倒ツァオガオを旗印に兵を上げ、黄京城の兵を城外へ誘き出す。その間にお前たちが城へ突入するのだ」
ツァオガオの陰謀を絶つためであながら、西からやってきた5人の事情をも汲んだ作戦だった。
「お前たちのことも含め、私の目論見を大将軍宛ての書状にしたためる。もしユウチュン殿に会えば託せ。私と同様に不審人物と捉えてはいけないからな。
 それから、ツァオガオは放っておいても、お前たちの妨げとなるのなら殺めても構わぬ。斬首刑は免れん」
「将軍様、余計な手間をかけさせてごめんなさい。国が大変な時なのに…」
「謝るな。我々もいずれにせよ、こうしてツァオガオを相手に戦をしなくてはならんのだ」
バイメイニャンは口喧しいが知識量や洞察力には長けている。ツァオガオという男を怪しんでいたのも外れではなかった。
そんな彼女を諫めていたのは立場上のことで、彼自身も密かに想定をしていた展開だったのかも知れない。
「出立はいつになさるのですか?」
「明日の夜明けだ。黄京城までは馬を走らせ丁度一日を使う。再びの夜明けに戦を仕掛ける。
 お前たちには北の洞窟にも向かってもらったことだ。城内に部屋を用意させよう。今晩はどうか体を休めてくれ。
 部下でもないのに老師が遣ってしまい、かたじけない」

5つ目のアビスゲートの場所が判った。
その向こう側へ…。とうとう、具体的になった、5人の道筋。
ヤン将軍の計らいに甘えさせていただき、各々が個室で夜を過ごすこととなった。


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