「ぐ…っ」
「安心しろ。すぐに1人ずつ首を刎ねてやる。私は長々と拷問を続けていられる気の長さは持ち合わせておらぬ」
腹を打たれたシャールが堪らずうずくまるのを見下ろし、剣の腹でその頬を叩いた。
朱鳥術が風の刃となって散り、アラケスの肉体に切り傷を作らせた。
「ふん。最期の抵抗か」
いよいよ止めを刺そうと企むのか、ひとつ大きく息を吸ったアラケスだが、何かに注意を逸らされた。
左の方向だ。
最早、彼らの戦力に計上していなかった、人間の女を吹き飛ばしてやった方向…


巨大な気が立ち上っている。

それは黄金色をして、アラケスだけでない、この場に居る者たち全員の思考を惑わせた。


それを身に纏うのは、エレン。
獲物に狙いを定めた猛虎にも似た、獰猛そうな眼差しと、気高さ。
真直ぐに立ち、アラケスを見据える。




怪我の痛みを感じていないのが何故なのか、エレン自身解っていなかった。
今は構わない、何より好都合なのだから。
走り出し、戦斧と体ごと、アラケスに突撃をかけた。

「!!」
アラケスは槍の柄で斧のブレイドを受けるが、人間の女の力が自らと均衡していることに、驚愕する。
この、圧倒的な気…、
これだけのものを秘めていた、或いは空間より集めることが可能だったというのか?
しかし、それならば初見で能力を感知していたはずだ。
この短時間で会得したとでも…?

ぎりぎりと歯を喰い縛るアラケスに、初めて焦燥の色が見えた。
「何の真似だ!!!」
「あんたがサラをゲートへ連れ去ったんだろう!!」
これまでの戦いぶりならば、アラケスはここから次の一手に出られるはずだった。
身動きがとれないのは、この黄金色の気の圧が凄まじい所為であった。
「女が戦場へ踏み入るなと云ったはずだ!!!」
「黙れ!!!」
たかが、人間が…人間の女が…

「──おのれ…、小娘ェェェェェ!!!!!!!」

眼光がぶつかり合う。
その姿勢のまま、エレンが、総てを解き放った。


「はあああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!!!」


アビスという地、そしてこの壮絶な闘いには不釣り合いなのだが…、
黄金色の輝きを、美しい…と、表現するほかになかった。

黄金色の気が、アラケスの鎧…そして筋肉という名の鎧までも透過し、串刺しの様に蝕む。
「な、何ィ…、」
目を剥き、抗う術もなく、ただ肉体の内部が破壊されて行くのを、アラケスは刻々と感じていた。
強靭な脚がよろめく。
胸の前に防御を取っていた槍を、落とす。

斧が、その首に水平に、めり込んだ。


地に沈んだ魔貴族。
大量の返り血を浴びて、見届け終わったかのように、エレンも続けてその場に体を崩した。






「エレンさん!」
少年とシャールが駆け寄る。
籠手に殴打されたことを考慮しながらそっと抱き起こせば、息はあった。
シャールが、握った掌に生命の灯を確かめる。
「…気を使い果たしたようだな。眠っているだけだ」
傍らに横たわる、アラケスの血に濡れた戦斧を、少年が両手に抱えた。
「一旦、ゲートに戻りましょう…」
生のエネルギーが満ちたゲート、そこで全員、命を繋ぐことはできるだろう。
急がねばならないが、辺りが黄金色に輝いた余韻に、4人は静かな間を作った。


比較的、体力のあったシャールがエレンを抱きかかえてゲートへ戻ったが、眠るエレンを自分の胸に預けられてしまったハリード。
闘いに力尽きた寝顔に気を取られれば、やがてそれを見つめることに没頭していた。
エレンの頬を撫でる。
装置の陰に落ち着いてから拭ってやったが、綺麗にはなりきらなかった、返り血の跡。
「………」
「お目覚めか?」
生のエネルギーを放ち続けるゲート。ものの十数分でエレンは意識を取り戻した。
「またあたしだけが眠ってたのね」
「どこまで覚えてるんだ?」
「一応、全部覚えてるけど…、どうしてあんなことができたのかは、分からないわ」
術法と種類は違うが、武術の分野でも、気を集めて攻撃や防御に使う手段は存在し、エレンもこれを会得していた。
とはいえ、たったの一撃で魔貴族を破るほどの気だ。
「君にはとんでもない才能がありそうだ」
「でも、終わったら気絶よ」
「鍛練を積めば大丈夫だろう。ハリードに付き合ってもらうといいさ」
「そうするわ」
「………」


笑い合った後、シャールが、離れた場所でうつむく少年の姿を捉える。
彼は1人せっせと、それぞれの武器についた血の汚れを拭き取る役目を請け負ってくれていた。
「終わったか?すまないな、このような雑務を」
「いいえ。このくらいしかできませんから…」
独りになって考え事をしたくて、これを申し出たのだろう。
シャールにはその考え事の内容が解っていた。
「アラケスの言葉を気にしているな?」
単刀直入に訊ねると、無言の肯定をした。

“魔王と同じ闇の力”
攻防に隙を作らせる狙いで発せられた言葉、とは云え、真実ではあるのだろう。魔王の配下に置かれた男の台詞である。
魔王が遺した鎧を前に、自身が抱かされた『宿命』に目覚めた少年。
以降、それを受け容れたかに映っていたが…
「僕が、世界を、混乱させる力を持っている」
少年は独りきりで、壮絶な生き方をしてきた。
それは、この未発達な肢体に無数に刻まれた古傷が物語っている。

「確かに君は、変わった力を授かって生まれてきたようだな。
 しかし、先ほどのエレンの姿を見ただろう?彼女もあんな風に他人にはない力を持っている。それと同じことだ」
「…でも…、魔王、なんて」
「私が武器や術を駆使して人を殺め、金品を強奪するということも可能ではあるが、私はそこまで悪趣味ではない。
 私には、護らなければならない人がいる。その御方のために、必要とあらばこの力を使ってきた。これからもそうだ。
 君もサラを救うため、その力を使えばよい。私はそう思うが、どうだ?」
「………」
不安を隠さない瞳、シャールにとってはそれだけで充分だった。
出逢ってすぐの頃は感情が読み取れなかったものだが、少しずつほどけている。



「2人とも!そろそろ行くわよ!」
シャールが呼ばれた方へ足を向けた背後で、立ち尽くしたままの少年。
「あんたもこっち来るのよ!ほんとサラによく似てるわね」
「また反発されるぞ」
「この子はもうちょっとしっかりしてるわよ!」
少年は、その年頃の少年らしい笑顔で、4人のもとへ。
「ごめんなさい」
「武器を綺麗にしてくれたのよね。ありがとう」
孤独を保つ手段だった剣は、目の前に立ちはだかる壁を打ち破るためのものに、意味合いを変えている。
鞘へは仕舞わずに柄を握りしめ、4人とともに、ゲートの装置を後にした。


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