the fourth capter: upper regions of abyss

黒い色だけが視界に飛び込んだ。

寝ぼけた頭で、もしや視力を失ったのか…と瞬きを繰り返すが、やがて、天も地も漆黒色をしているのだと理解した。
そして目線を下げれば、自分の体が横たわる場所には見覚えが。
光を放つ、ゲートの装置だ。

「エレン」
身を起こそうとすると、背中に腕を添えてくれたのはハリード。
どうやら自分は目覚めが最後だったようだ、と、4人の顔を見回す。
「ここは…、」
「アビスだそうだ」
人間界とアビスに同じ装置を造れば、遠く離れた世界へ繋がるらしい。
それで今は、アビス側の装置の上にいるわけだ。
「大丈夫か?」
「そうね…、何だか体が軽い感じだけど…、怪我…は?」
破戒僧の蒼龍術で体の数箇所を斬りつけられた記憶が強かったが、裂けた衣服の下にあった傷が1つも見当たらない。
シャールがエレンの疑問を解いた。
「世界の側から、強烈な生のエネルギーが流れ込んで来ているんだ。私たちはここでそれを浴びている」
「回復術の比じゃないよ」
人間界ではアビスから流れ込む邪気によって、動物やモンスターが凶悪な変異を遂げた…
こちら側では生気が人間に良い影響を与えることになるらしい。

ゲートの先へ延びる路に向き直る。
深い黒の空…なのだろうか、星が1つも見えず、黒雲か黒霧に覆われているのかも知れない。

装置を離れ踏み出した地面、というよりは床。磨かれて平らな、人工のものだ。
敷地内にゲートを開かせていることから、ここは恐らく魔貴族の住処。貴族なのだから王宮にあたるだろうか。
しばらく進むと、5つの魔法陣がばらばらに並んでいた。シャールが紋様を確かめる。
「空間転移のエンブレムだな」
王宮にあたる場所はこの先とも推測ができた。
「4人の魔貴族と、かつての魔王の居場所というところか」
さて、サラはどこにいるのだろうか…。人間が安らげるような場所であるはずはない。
片っ端から潰して行かなくては、と考える。







が、5人が空間転移を遣うより先に、
ひとつの魔法陣の上に現れた、1人の男。

「!!!」

空間転移では事前の気配など感じ取ることは不可能だ。
驚きと同時に咄嗟に身構えた。


ブロンドの長い髪、屈強な体つき。それを誇示するのか、左腕は防具が無く露出している。
それとは逆に、右腕には巨大な籠手。右腕本体に連動して動かす代物と見て取れた。
そして人間によく似た姿だが、尖った耳は妖精や魔族特有のもの。
静かに気を張る5人であるが、男はショートスピアにもソードにも手をつけないどころか、両腕を左右に開くポーズだ。
「変な気が流れ込んできたと思えば人間か。まさかこちら側へおいでになるとは」
落ち着き払った物腰に気品すら漂う。
しかし、5人を見渡せば、にやりと唇の端を吊り上げた。
「おや、“宿命の子”の片割れではないか」

それを知っている理由…、魔族の男…、
サラと少年の姿があった魔王殿地下のゲートには、双頭獣に跨る鉄仮面の魔物が現れた。魔貴族が作り出した幻影獣である。
この男が、もし…

考え事に焦れたエレンが一歩前へ。
「その片割れのもう片方を連れに来たのさ。あんた知らない?」
男は人間の女の真っ向へ。
歪めた笑みを、見下ろした女の顔の上へ落とす。
「小娘よ、それで魔王のように世界を支配するつもりか?」
左手が、エレンの顎を持ち上げた。
4人は敢えて分かりやすく、武器を手に構えを取った。それも視界に入っているはずだが、男はエレンにだけ対峙する。
「知っていることがあるなら云いな。あんたを殺してやろうってんじゃない」
気炎を吐く女、捕らえたその顎を指先でなぞった。
エレンの片眼が嫌悪に顰まる。
「くくっ…、美しい眼をしている。数百年で人間も骨格が変化したか」
距離を詰めた瞳。
「何か知りたいことがあるそうだが…」
ブロンドの髪の毛先が流れ、エレンの頬を撫でる。
「ならばお前のその肉体を私に捧げてみろ」

ほんの刹那、呼吸のリズムが変化したことを合図に。
エレンの胸倉を掴み、衣服を引き千切った魔族の男の、頬と髪の一束を斬った曲刀。
当然すべてのタイミングは見切っていた。
ハリードの眼光の強さに、にやりと笑った。


魔戦士公アラケス。
力だけで公爵の身分へのし上がった豪傑で、なにより好戦的だという。


巨大な籠手が黒曜石の床を殴りつけた。
まるで腐りかけた大木の如くに柔らかに砕け、また硝子質であるために、破断面は刃物のように鋭利。
「とある場所にあるゲートを開くことは叶わなかった」
舞い上がった破片。
「それきりだ。私は人間界にさして興味はない。遊び相手が欲しいだけなのだ」
シャールの朱鳥術が風を起こし、ハリードとエレンが浴びる寸手で散らした。

アラケスが槍を取る。
空気を切る音だけが鳴って、ハリードの頬を穂先が掠めた。
2人、同じ位置の傷から滲む血。
微動だにせず受けた彼の、曲刀は次の瞬間に、槍と衝突し火花を放つ。
「血を流せ!!!」
5人が飛び込もうとする間合を槍と籠手で埋めながら、戦いに歓喜する。
「苦痛に顔を歪め紅い血を流すのだ、人間ども!!!」


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